太平洋戦争中の1944年8月、鹿児島県沖で米軍に撃沈された学童疎開船「対馬丸」の遺族が25日、新たに遺族会を設立した。これまで遺族や協力会員で構成する「対馬丸記念会」が慰霊祭の開催を担ってきたが、高齢化が課題となっていた。新組織は「遺族会」の名称で、犠牲者のおいやめいなど若い世代を積極的に募り、記念会と連携して事件の記憶を次世代に継承することを目指す。
新遺族会の設立総会
設立総会は、記念会が運営する「対馬丸記念館」(那覇市)で開かれた。伯父が犠牲者で、遺族会会長に就いた浦添市の真栄城嘉史さん(60)はあいさつで、「悲しみと教訓を正しく語り継ぐことは、今を生きる遺族の重要な使命だ」と述べ、若い世代への継承の重要性を強調した。
高齢化と新たな取り組み
これまで記念会が中心となって慰霊活動を行ってきたが、遺族の高齢化が進み、活動の継続が懸念されていた。新遺族会では、犠牲者の子や孫世代を中心に会員を増やし、記念会と協力しながら、語り部活動や資料の保存、慰霊祭の運営などを通じて、事件の記憶を後世に伝える計画だ。
対馬丸事件は、1944年8月22日、鹿児島県悪石島沖で米軍の潜水艦の攻撃を受け、学童を含む約1500人が犠牲となった悲劇である。沖縄戦を目前にした学童疎開の最中に起きたこの事件は、戦争の悲惨さを今に伝えている。



