太平洋戦争末期の1945年4月から5月にかけて、東京の都心部や現在の23区西部・南部などが甚大な被害を受けた「山の手大空襲」から、25日で81年が経過しました。この日、東京都港区北青山の複合施設「ののあおやま」で、空襲の記憶を後世に伝える朗読会が開かれました。俳優で声優の矢田稔さん(95)をはじめとする3人の出演者が、戦争体験記を朗読し、地元の小学生たちが真剣に耳を傾けました。
矢田さんが20年にわたり継続する朗読会
この朗読会は、矢田さんが2006年に自らの意思で始めたもので、今年で20年目を迎えます。矢田さん自身も、豊島区などで大きな被害を出した「城北大空襲」で被災しました。少年時代には童謡歌手として、戦意高揚を目的とした戦時童謡を歌っていた経験があります。戦後、そうした戦争への加担に対する償いの気持ちから、自身の体験を通じて非戦を訴えたいと、この朗読会を企画したのです。
矢田さんの衝撃的な体験談
朗読会の冒頭、矢田さんは空襲当時の衝撃的な体験を語りました。一緒に逃げていた人の背中に火がつき、防火用水でその火を消したという話を紹介。しかし翌朝、その人が「背中をたたいて火を消してあげた人」が、黒焦げの遺体となっているのを目の当たりにしたといいます。矢田さんは「戦争や空襲はむごいものだ」と、強い口調で訴えました。
下坂さんと矢内さんも参加
朗読会には、俳優の下坂亮介さん(73)と矢内佑奈さん(68)も参加。本紙連載をまとめた書籍『あの戦争を伝えたい』(岩波書店)などから、表参道での空襲被災者の証言を朗読しました。矢田さんは同書から、沖縄戦の集団自決で、やむを得ず家族に手をかけた人の話を読み上げ、会場の空気を一層重くしました。
表参道の書店と被災者の記憶
表参道には、被災者が逃げ込んだ山陽堂書店が、今も当時の建物を残しています。同店の代表である遠山秀子さん(66)は、父、祖父、伯母が被災した経験から、「戦争は昔のことではなく、ずっと話を聞いてきた。多くの方が亡くなったと言うが、その一人一人に大事な家族がいた。私たちにできるのは伝えることだ」と、記憶を継承する大切さを呼びかけました。
参加した小学生の感想
この日は、区立青山小学校の6年生約30人が参加しました。南谷知花さん(11)は「空襲のことは知っていたが、朗読を聞いて、よりむごさや残酷さが伝わってきた」と、戦争の悲惨さを改めて実感した様子でした。
山の手大空襲とは
「山の手大空襲」は、1945年4月から5月にかけて、米軍が東京の都心周辺や南部、西部の住宅地などを複数回にわたって爆撃した一連の空襲の総称です。大量の焼夷弾と爆弾、それによる火災で甚大な被害が出ました。東京大空襲・戦災資料センター(江東区)のホームページによると、爆撃の規模や焼失面積は、同年3月10日の下町地域への大空襲を上回るとされています。



