長崎原爆に遭いながらも被爆者の救護に尽力した医師、永井隆博士の没後75年を記念した企画展が、長崎純心大博物館(長崎市)で開催されている。会場には永井氏の自筆の書や絵画など66点が展示され、その生涯を振り返る内容となっている。会期は日曜日を除く6月5日まで。
永井隆博士の生涯
永井氏は、長崎大医学部の前身である旧長崎医科大で勤務中に被爆し、自身も負傷しながら妻の緑さんを亡くした。それでもなお、他の被爆者らの救護に取り組み続けた。戦後は病床に伏しながらも、著作を通じて平和への思いを訴え続け、1951年に白血病で亡くなった。
企画展の背景
同館によると、長崎純心大を運営する純心女子学園の初代学園長、江角ヤス氏が永井氏と同じ島根県出身で親交があったほか、緑さんが学園の関連校で教員を務めた時期があったことから、今回の企画展が実現した。
展示品には永井氏が書き記した日記や手紙、原爆投下後の長崎の様子を描いたスケッチなどが含まれており、当時の悲惨な状況と平和への強い願いが伝わる。また、永井氏の代表的な著書『長崎の鐘』や『この子を残して』の原稿も公開され、来場者の関心を集めている。
会場では、永井氏の生涯を解説するパネルも展示されており、被爆医師としての活動や平和へのメッセージを詳しく知ることができる。入場は無料で、多くの市民や観光客が訪れ、平和の尊さを改めて考える機会となっている。



