ひな祭りに孤立出産した22歳女性、わが子の遺体を切断 法廷で語った孤独と葛藤
ひな祭り孤立出産の22歳女性、遺体切断の理由を法廷で告白 (26.03.2026)

ひな祭りの悲劇 孤立出産した22歳女性が遺体切断 法廷で語られた「手放せなかった」思い

2025年3月3日、ひな祭りの日。東京・墨田区の小さなビルの一室で、22歳の女性が一人で出産した。生まれた赤ちゃんはすでに息がなく、冷たくなっていた。その後、女性はカッターナイフで遺体を切断し、一部を勤務先の風俗店の冷蔵庫で保管、残りをごみ箱に捨てたとして、死体損壊・死体遺棄の罪で起訴された。

「中絶したかったが時期を過ぎていた」 孤独な妊娠の背景

3月16日の東京地裁の法廷で、被告の女性は消え入るような声で証言した。妊娠に気付いたのは2024年秋で、中絶できる時期は既に過ぎていた。当初は中絶を希望していたが、その後は「流産すればいい」と考えていたという。しかし、胎動が始まり、お腹の中で赤ちゃんがくしゃみしているのを感じた時、「最後は出産して育てるつもりだった」と述べた。

検察官から「飲酒や喫煙、風俗店勤務は流産を望んでいたからか」と問われると、女性は強く反論。妊娠の経緯については「父親が誰か分からない」と証言した。2024年5月頃、仕事の後に気付いたらホテルで性交渉が終わっていたという記憶しかなく、相手が特定できない状況だった。

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1畳の待機室で迎えたひな祭りの出産

女性は妊娠中に派遣型風俗店で働き始め、やがて店の待機部屋(約1畳)で生活するようになった。病院に行くべきだと感じながらも、不安から「来週にしよう」と先送りを繰り返していた。

2025年3月2日夜、待機部屋で腹部に激痛が走り、3月3日午前5時頃に出産。赤ちゃんは泣き声も動きもなく、「目をつぶっていて人形みたいだった」という。性別すら確認できないまま、女性は気を失った。気付いた時には赤ちゃんは冷たくなっていた。

「コインロッカーに捨てることもできなかった」 遺体切断に至った理由

女性は法廷で、当時の心境をこう語った。「このままだと腐ってしまう。この子である姿は今しかない。残しておくべきではないかと思った」。スマホで写真を撮影した後、「火葬もできない。ニュースで見たようなコインロッカーに捨てることもできない。この子を手元に残しておこうと思った。そばにいたかった。手放せなかった」。

遺体を冷蔵庫に保管できる大きさにするため、切断するしかないと考えた。近くのホテルに移動し、スマホで骨格標本を検索。「できるだけ切断後の遺体をきれいに残したかった」と説明。赤ちゃんの顔を見ないようにしてカッターナイフで切断し、一部を袋に入れて店の冷凍庫で保管、残りをごみ箱に捨てた。赤ちゃんは女の子だったことが後に判明した。

「名前をつける資格はない」 ひな祭りへの思い

青木美佳裁判官が「赤ちゃんに名前をつけましたか」と尋ねると、女性は「名前をつける資格はないと思っていた」と答えた。「ひな祭りの日に産んで、生きていたらいろいろできたのに…」と続け、無念の思いをにじませた。

検察官は「えい児の尊厳を著しく害した」として拘禁刑2年を求刑。しかし3月23日の判決では、拘禁刑2年・保護観察付き執行猶予3年が言い渡された。

裁判官が指摘した「独り善がり」と反省の態度

青木裁判官は判決理由で「望まぬ妊娠に気付いてから誰にも言えずに出産せざるを得なくなり、えい児の死に直面した後にも誰にも相談することなく犯行に及んだことは独り善がり」と指摘。その一方で、「えい児に対する思いを吐露するなどして反省の態度を示している」と評価した。

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女性は専門学校卒業後、飲食店やキャバクラを経て2024年11月から風俗店で勤務。事件当時は社会的に孤立した状態にあった。判決を聞く間、女性はじっとうつむいたままだったという。

この事件は、望まぬ妊娠に直面した若い女性の孤独と、適切な支援が得られなかった悲劇を浮き彫りにした。ひな祭りというめでたい日に起きた出来事は、社会のセーフティネットの重要性を改めて問いかけている。