ネコ診療で感染した獣医師の壮絶な体験
致死率が3割にのぼるウイルス性出血熱の一種「重症熱性血小板減少症候群」(SFTS)が国内で広がる中、ネコの診療を通じて感染し、生死の境をさまよった獣医師が貴重な教訓を語った。「ネコを悪者にしないためにも、飼い主や山に入る人が正しい知識を持つことが欠かせない」という呼びかけには重みがある。
たった数日で命を落とした若い雄ネコ
2021年2月、島根県益田市の獣医師、松本泰和さん(66)の動物病院に連れてこられたのは、隣接する山口県内で屋外に出られる状態で飼われていた4歳前後の雄ネコだった。食欲不振、嘔吐、39度以上の発熱という症状で来院したが、初日はまだ元気な様子を見せていた。
しかし、通院3日目にはぐったりして意識もうろうの状態に急変。入院させて治療を試みたものの、翌日には命を落としてしまった。「若い雄ネコがたった数日で死んでしまう病気は他にない。SFTSかな、と思いましたが、そこから自分にかかるとは思いもしませんでした」と松本さんは当時を振り返る。
診療から6日後に発症した獣医師自身
ネコの死から6日後、松本さん自身に異変が訪れた。ジョギング中に風邪のような倦怠感を感じ、翌日には左腕のリンパ節が腫れていることに気づいた。その2日後には38.9度の高熱や節々の痛みが出現。「眠れなくて苦しくて、下痢もひどかった。あれだけ症状があったら、いつ死んでもおかしくなかった」と壮絶な体験を語る。
当時は新型コロナウイルス感染症も疑ったが、心の中では「まさか、自分もSFTSになったのか」という思いがよぎったという。実際に検査の結果、SFTS感染が確認された。
SFTSの感染経路と危険性
SFTSは主に、ウイルスを保有する野外のマダニにかまれて感染するウイルス性出血熱の一種だ。マダニが活発になる春から秋の感染が多いが、外で行動するネコは冬にも感染する可能性がある。感染したネコは体液や糞便を通じて人にもウイルスをうつすことが知られている。
症状は発熱、嘔吐や下痢などで、人での致死率は3割、ネコに至っては6割に上るという高い危険性を持つ。特にネコの場合、急速に病態が悪化することが多く、松本さんが診療したケースのように診療から4日目に命を落とすことも珍しくない。
正しい知識の普及が不可欠
松本さんは自身の体験から、飼い主や野外活動をする人々に向けて重要なメッセージを発信している。「ネコを悪者にしないためにも、正しい知識を持つことが欠かせない」という言葉には、感染症への誤解や偏見を生まないようにしたいという強い思いが込められている。
屋外に出るネコを飼っている場合、定期的な健康チェックやマダニ対策の重要性、またネコに異常が見られた際の適切な対応方法についての理解が求められる。同様に、山や草むらに入る機会の多い人も、マダニから身を守る対策が必要だ。
感染拡大が懸念されるSFTS
SFTSは国内で感染報告が増加しており、これまでにない地域での感染確認も相次いでいる。渡り鳥に付着したマダニがウイルスを運ぶ可能性も指摘されており、感染リスクの地理的拡大が懸念されている状況だ。
専門家たちは、感染症に対する正しい知識の普及とともに、早期発見・早期治療の重要性を強調している。松本さんのような医療従事者でさえ感染する可能性があることから、一般市民の警戒レベルを高める必要があるだろう。
松本さんの体験は、SFTSという感染症の危険性を具体的に示すとともに、人と動物の健康を守るための協力関係の重要性を浮き彫りにしている。ネコを単なる感染源として見るのではなく、適切な管理と理解のもとで共生していくことが、感染症対策の重要な一環となるだろう。



