災害歯科コーディネーターが目指す「関連死ゼロ」 被災者の口内ケアで命を守る使命
地震や豪雨といった大規模災害の被災地では、過酷な環境に置かれた被災者の「口の健康」を守るために活動する歯科チームが存在します。歯科医師の太田秀人さん(57歳)は、東日本大震災、熊本地震、九州北部豪雨での経験を基に、発災時の状況把握や連絡調整などを担う災害歯科コーディネーターとして活躍しています。太田さんは、災害時の歯科の役割について、「関連死をゼロにすることが究極の目標」と強調し、その重要性を訴えています。
災害に関わるきっかけと現場での経験
太田さんが災害支援に関わるようになったきっかけは、2011年の東日本大震災でした。厚生労働省の派遣要請に応じ、宮城県南三陸町で避難所や介護施設、公民館、お寺を回り、治療や口腔ケアを行ったのが初めての現場活動です。阪神大震災で被災した姉への負い目もあり、「ここで何もしなかったら一生後悔する」と思ったと語ります。学生時代には雲仙・普賢岳の噴火で支援物資を集める経験もあり、災害への関心は早くから芽生えていました。
現地では、熱い気持ちを持つ人々が集まっていましたが、全体を見て調整するコーディネーターの仕組みが不足していました。自宅兼診療所を津波で失いながらもバスで診療を続ける歯科医師や、避難所暮らしをしながら地元の人々とつなぐ歯科衛生士が、自然とコーディネーター役を担いました。太田さんは、こうした医療者の姿勢に大きな影響を受け、1年後に再訪して追悼式に参列するなど、深い絆を築いています。
災害歯科の進化と組織的な取り組み
東日本大震災後、日本歯科医師会を中心に災害歯科コーディネーターの研修会が開催されるようになり、統一のアセスメント票も整備されました。これにより、避難所の水の供給状況、歯ブラシやうがい用コップの有無、痛みや義歯の紛失など、詳細な情報を記録・共有し、次のチームに引き継ぐ態勢が確立されていきました。
太田さんは、課題を見逃さないためには、まず避難所全体を俯瞰し、その後個人に焦点を当てることが重要だと指摘します。研修会でアセスメント票を周知し、5年後の熊本地震では南阿蘇地区で初めて使用。翌年の九州北部豪雨でも朝倉市や東峰村で活用され、効果を発揮しました。
2022年にはJDA T(日本災害歯科支援チーム)が発足し、太田さんはJDA T福岡でコーディネーターと研修会講師を務めています。2024年の能登半島地震では、正式な派遣要請を待つ間に関係団体や大学と連絡を取り、他県のJDA Tとの調整を担当。福岡から石川県珠洲市へ約1か月間、計6チームを派遣するなど、組織的な支援を推進しています。
「関連死ゼロ」を目指す歯科の使命
太田さんが掲げる究極の目標は「災害関連死ゼロ」です。口腔ケアが不十分だと、口内の細菌が増殖し、避難所生活のストレスや脱水、運動不足による筋力低下が重なって誤嚥しやすくなります。最終的には免疫低下と低栄養が加わり、誤嚥性肺炎を発症し、関連死につながるリスクが高まります。
口は、外の世界と体をつなぐ入り口であり、食べ物を取り込む「攻め」と、病原体の侵入を防ぐ「守り」の両方の役割を担っています。口内を清潔に保ち、食べられる状態を維持することは、体全体の健康を支えることにつながります。太田さんは、「食べることを絶対的にサポートし、災害さえなければ亡くならなかった関連死をなくす。そこに全力をかけるという歯科の使命は明確だ」と力強く語ります。
太田秀人さんは東京都生まれで、歯科医師の祖父が開業していた兵庫県香美町で育ちました。長崎大学歯学部を卒業後、2009年に太宰府市で「おおた歯科クリニック」を開院。母校の非常勤講師として災害口腔医学の授業を担当し、福岡歯科衛生専門学校でも災害歯科を教えるなど、後進の育成にも尽力しています。



