原発事故から15年、避難先での死者が1万人を突破 帰還進まず深刻な状況が継続
2011年3月に発生した東京電力福島第一原子力発電所事故から15年が経過した2026年3月、避難を余儀なくされ、ふるさとに戻ることなく避難先で死亡した人々の数が、少なくとも1万598人に達していることが明らかになりました。朝日新聞社が福島県内の避難指示対象市町村に取材し、回答を得た10市町村分の人数を集計した結果です。
震災前人口の約14%に相当 高止まり状態が続く
この数字は、震災前の対象地域の人口(約7万6千人)の約14%にあたります。年別の推移を見ると、震災発生年の2011年が786人と最も多く、その後は700人前後で推移しており、死者数が高い水準で安定している状況が続いています。
朝日新聞社は、国や自治体が避難指示を出した福島県内の12市町村に対し、事故前まで居住していた自治体に戻らずに亡くなった住民の人数について照会を実施。そのうち10市町村から回答を得ることができました。
全町避難の4町で全体の8割を占める
特に、第一原発が立地する双葉町と大熊町、そして隣接する浪江町と富岡町の4町で、避難先での死亡者数の全体の約8割を占めています。これらの町は事故後、全域が避難区域となり、人が一部でも居住可能となった時期が2017年3月から2022年8月と比較的遅かったことが特徴です。
避難先では生活基盤が整い、新たなコミュニティが形成される一方で、ふるさとへの帰還は思うように進んでいません。現在の居住人口は震災前のわずか1割程度にとどまっており、買い物や医療、介護などの生活環境が不便であることが、帰還を阻む大きな要因となっています。
避難の記憶と復興の課題
原発事故直後、住民たちは山側の隣村に向かって車で避難しましたが、一本道であったため大渋滞が発生。2011年3月12日午前7時28分に富岡町で撮影された写真には、緊迫した避難の様子が記録されています。
15年が経過した今も、多くの元住民が避難生活を続ける中で、高齢化や健康問題が深刻化。避難先での死亡者数が1万人を超えるという現実は、原発事故がもたらした長期的な影響の重さを改めて浮き彫りにしています。
復興計画では、被災地に研究者500人を招致するなど国家的な取り組みが進められていますが、地元住民の実際の帰還と生活再建には依然として多くの課題が残されています。人口が千人程度の被災地にスーパーが開店するなど、インフラ整備の動きも見られるものの、根本的な解決には至っていないのが現状です。



