笑顔の裏に潜む無国籍の苦悩 学校未経験の28歳男性が取材3日後に自死
昨年3月、三重県内にある大人の学び直し教室で、松田謙さん(仮名・当時28歳)と出会った。一度も学校に通ったことがないという彼は、明るく誰とでも分け隔てなく接する印象的な存在だった。しかし、その笑顔の裏には深い苦悩が潜んでいた。
介護生活で奪われた学びの機会
謙さんはフィリピン国籍の母親と日本人の父親の間に生まれたが、無国籍状態だった。幼少期から家庭の事情で学校教育を受ける機会を奪われ、小学6年生の時に母親が脳梗塞で倒れてからは、介護と家事に追われる日々が続いた。
「外に頼れなかった。学校に行きたいと思ったが、行けば家計を苦しめる。『わがままだ』と思っていた」と、謙さんは静かに語っていた。父親も数年前に脳梗塞で倒れ、ほぼ毎日を自宅で過ごす生活が続いていた。
教室で見せた新たな希望
両親の体調が安定してから、謙さんは大人の教室に通い始めた。人と関わることが苦手だったが、次第に打ち解け、他の生徒たちのムードメーカー的な存在になっていった。
「あまり自覚はない。根っこはネガティブ。それをあまり見せたくないから、キャラをつくるほうが楽だと思って」と、本心を打ち明けることもあった。
謙さんは新たな夢も語っていた。「教職に就き、自分と同じように学校に行っていない子に関わりたい」という希望に満ちた言葉を残していた。
突然の別れと遺された手記
昨年秋、謙さんは取材を受けたわずか3日後にこの世を去った。公営住宅の自室には、家族宛ての手紙と遺書が残されていた。
遺書の冒頭にはこう綴られていた:「十代のころから、無国籍だったこと、学校に行けていなかったことを考えている中でずっと死にたいという願望が出てしまったりして苦しくなっていました」
生前の明るい表情からは想像もつかない、深い苦悩が記されていた。
潜在する無国籍問題の課題
謙さんの父親である忠彦さん(仮名・72)は、「『トンビがタカを生んだ』というか、本当にいい子で…」と声を詰まらせた。
無国籍状態にある人々は、学校教育や医療、福祉へのアクセスが困難で、就職や結婚においても様々な壁に直面する。アイデンティティを巡る苦悩も深く、「自分は何者か」という問いに答えを見出せないまま生きる人も少なくない。
国内の外国人住民が過去最多を更新する中、謙さんの生涯は、社会の片隅で潜在する課題を浮き彫りにしている。彼の死は、無国籍者への支援体制や教育機会の確保が急務であることを改めて示す悲劇となった。
謙さんが通っていた教室では、今も多くの生徒が学び直しに励んでいる。彼の存在を思い出しながら、教育の重要性と、すべての人に学ぶ機会が保障される社会の実現が求められている。



