原子力規制委員会の独立と課題 元長官が語る「出たとこ勝負」の覚悟
規制委の独立と課題 元長官が語る「出たとこ勝負」

原子力規制委員会の独立と「出たとこ勝負」の覚悟

東京電力福島第一原発事故の深刻な反省を踏まえ、原子力の安全性について独立して判断する機関として、原子力規制委員会が2012年に発足しました。事故から15年という節目を迎えた今、同委員会は十分にその役割を果たしているのでしょうか。元原子力規制庁長官の荻野徹氏に、規制委設立の経緯や課題について詳しく聞きました。

突然の呼び出しと霞が関総動員

警察庁の官僚として規制委の発足準備に携わった荻野氏は、当時の状況をこう振り返ります。「突然、内閣総務官から電話があり、『とにかく行ってくれ』と告げられました。ちょうど東日本大震災直後から復興の指針を話し合っていた『復興構想会議』が一段落したタイミングでした。さすがに原子力推進を担ってきた経済産業省や文部科学省に任せるわけにもいかなかったのだろうと思います」と述べ、規制組織の独立性確保への強い意志が背景にあったことを明かしました。

原発事故対応の失敗と安全神話の崩壊

官邸や霞が関の原発事故への対応が失敗だったとの指摘について、荻野氏は課題を率直に語ります。「1995年の阪神・淡路大震災以降、安全神話が蔓延し、原子力規制はある種の『エアポケット』状態に陥っていたのです。事故はその脆さを露呈させ、従来の体制ではもはや国民の信頼を回復できないことが明らかになりました」と指摘。これが独立規制機関創設の緊急性を高めた要因となったと説明しました。

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官僚組織との一線と今後の課題

原子力規制委員会は、従来の省庁の縦割りを排し、科学的・技術的見地に基づいた判断を下すことを使命としています。荻野氏は「発足当初はまさに『出たとこ勝負』でした。既存の官僚組織との間に明確な一線を引き、政治的な圧力から独立して運営することが不可欠だったのです」と強調。その上で、15年を経た現在も、規制の透明性向上や人材育成、国際基準との整合性など、解決すべき課題が山積していると述べました。

福島の事故を教訓に、原子力安全の確保は国家的な重要課題です。規制委の役割と今後の展望について、関係者の証言は貴重な示唆に富んでいます。

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