福岡城跡で豊臣秀吉の家紋「桐文」瓦を発掘、天守台内部から歴史的発見
福岡市は18日、国史跡である福岡城跡の天守台内部から出土した瓦の一部について、豊臣秀吉が家紋として使用した「桐文」が刻まれた瓦が見つかったことを明らかにしました。この発見は、市議会常任委員会で報告され、歴史的価値が高いものとして注目を集めています。
桐文瓦の特徴と関連する城郭
福岡城跡で見つかった桐文瓦は、秀吉の弟・秀長が城主を務めた郡山城(奈良県大和郡山市)や、秀吉の朝鮮出兵の拠点として築かれた名護屋城(佐賀県唐津市)にも使用されていたことが知られています。これにより、福岡城と豊臣家の関連性がより深く示唆される結果となりました。
また、天守台内部からは、福岡城の瓦によく見られる「巴文」の瓦も同時に発見されており、多様な文様が使用されていたことがうかがえます。
瓦の由来と再利用の可能性
福岡城跡で出土した瓦は、1607年の福岡城完成に際し、廃城となった名島城(福岡市東区)で使われていたものとみられています。解体後に福岡城で再利用されたと考えられており、当時の建築技術や資源の有効活用を反映しています。
名護屋城で出土した瓦の桐文と比較すると、赤い部分が福岡城跡で見つかったものと類似しており、同一の製作技法が用いられた可能性が高いと専門家は指摘しています。
今後の発掘調査と予算計画
福岡市は新年度、天守台外側の発掘調査を実施するほか、内部についても範囲を拡大して発掘を進める方針です。文化庁と協議を重ねており、当初予算案には事業費として約6000万円を計上しています。この調査により、さらなる歴史的発見が期待されています。
今回の発見は、福岡城の築城過程や豊臣家との関係を解明する上で重要な手がかりとなるでしょう。市民や歴史愛好家からも関心が寄せられ、今後の研究成果に注目が集まっています。



