「就職しない方がいい」と言われた登山家・服部文祥、K2登頂からサバイバル登山へ
服部文祥、就職で痛烈な一言からK2登頂へ

山に魅せられた青春と就職活動での痛烈な一言

山登りに明け暮れた服部文祥さんは、大学5年生で迎えた就職活動で苦戦を強いられた。一流企業に就職し、数年で会社を辞めて山の世界に戻りたいという夢を抱いていたが、その甘さを見透かされ、「君は就職しない方がいいんじゃないの」と言われたこともあった。この一言は、彼の心に深く刻まれる経験となった。

出版社での出会いとK2登頂への道

5年生の12月、ある会合で知り合った山関係の小さな出版社の社長に拾われ、1994年に就職する。週末も登山を続け、生活に埋もれ、自分が何者にもなれない恐怖を感じていた。そんな中、大学の山岳部やワンダーフォーゲル部のOBなどが参加した隊の一員として、1996年に世界第二の高峰K2に登った。8000メートルの山に登れたことで、「K2サミッター」の肩書を得て、日本の山からヨーロッパアルプス、ヒマラヤといった登山のヒエラルキーから解放された気がしたという。

フリークライミングからサバイバル登山へ

「受験」「就職」「登山の序列」といった自らを縛るものから解放され、服部さんはフリークライミングにのめりこんだ。安全のための装備以外はできるだけ使わず、あるがままの岩を登るスタイルだ。やがて、岩だけではなく、山も「フリークライミング」ができると考え始め、装備を最小限にして山に登るサバイバル登山が誕生した。南アルプス、日高山脈、黒部行などを経て、2006年にデビュー作『サバイバル登山家』を刊行し、著書刊行が続くようになった。

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新しい世代の冒険ノンフィクションとの共鳴

この時期は、石川直樹『最後の冒険家』や角幡唯介『空白の五マイル』など、新しい世代の冒険や探検ノンフィクションの名作が書かれた時期と重なる。服部さんの活動は、こうした潮流と深く響き合っていた。

『ピダハン』との出会いと山への向き合い方

現在のスタイルの登山を始めた後、心に残ったのがD・L・エヴェレット『ピダハン』だ。アマゾンの奥地に住む少数民族の言葉や社会を研究したこの本は、ピダハンには右や左も数の概念もないと紹介する。著者はキリスト教の伝道師だったが、彼らに触れて無神論者になってしまう。自身の理解を超えたものと向き合う姿勢にうそがなく、服部さんが山に対峙する姿勢とも深く響き合った。

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