つげ義春氏の死去を悼む 漫画界のアウトサイダーが遺したもの
2026年3月27日、独自の漫画世界を築いた漫画家のつげ義春氏が亡くなった。日本芸術院会員としても知られるつげ氏の死を受け、漫画家の里中満智子氏と秋本治氏が朝日新聞の取材に応じ、その功績と人柄を語った。
里中満智子氏が語る「新しい価値観の提供者」
日本漫画家協会の理事長を務め、「天上の虹」などの作品で知られる里中満智子氏は、つげ氏について次のように語った。
「分かることが全てじゃないという新しい価値観を、漫画にもたらした方でした」と里中氏は強調する。
戦後から高度経済成長期を経て、人々が多様な価値観に目を向け始めた1970年前後、つげ氏は一見理解できない世界を堂々と描き、読者に「理解したい」と思わせたという。里中氏はこれを「多様性の時代の入り口の象徴」と位置付ける。
社会的成功が全く保証されない作品を描き続けられた背景には、雑誌「ガロ」という媒体の存在があったと指摘。また、作品世界が「不条理もの」と称されるのとは対照的に、本人はおおらかでよく笑う柔らかい人柄だったと回想する。
「日本漫画家協会として賞を差し上げる機会がありましたが、つげさんが賞を嫌がるかもしれないと思っていました。しかし、実際には受賞を喜んでくれたことが印象的です」と里中氏は語った。
秋本治氏が振り返る「ガロの象徴」
「こちら葛飾区亀有公園前派出所」の作者である秋本治氏は、つげ氏の作品との出会いを雑誌「ガロ」に求める。
秋本氏によれば、当時の読者は手塚治虫氏が関わった雑誌「COM」と「ガロ」で「COM派」と「ガロ派」に分かれるような状況だったという。
「手塚先生が読むと明るくなる作品を描く王道の方だとしたら、つげ先生は暗くて難解な『ガロ』の象徴のような方でした」と秋本氏は対比させる。
つげ氏の作品について「不条理で文学的、そして高い芸術性がある」と評価。メジャーに対するアウトサイダーが輝いていた時代の旗手として、漫画文化の裾野を広げた功績を称えた。
直接会う機会はなかったものの、葛飾区立石出身と知り勝手に親近感を抱いていたと明かし、「一つの時代が終わった」と語った。
つげ義春氏の軌跡と影響
つげ義春氏は「ねじ式」「無能の人」などの作品で知られ、従来の漫画表現を超えた新たな表現で衝撃を与えた。2022年3月には日本芸術院会員に選ばれ、東京・上野の日本芸術院会館で辞令伝達式に臨んでいる。
その作品世界は、単なる漫画の枠を超え、文学や芸術の領域にまで及ぶ評価を受けてきた。里中氏と秋本氏の証言は、つげ氏が漫画界に残した足跡が、単なる作家の死去を超え、一つの文化の転換点を意味することを示している。
両氏の追悼の言葉から浮かび上がるのは、多様性が叫ばれる現代において、その先駆けとして孤高の道を歩んだ漫画家の姿である。つげ義春氏の死は、漫画史における重要な一章の終わりを告げるものとなった。



