苦難を乗り越え音楽の美しさを伝える ピアニスト・ブーニンの半生が映画に
1985年のショパン国際ピアノコンクールで優勝し、日本でも熱狂的なブームを巻き起こしたピアニスト、スタニスラフ・ブーニンのドキュメンタリー映画「ブーニン 天才ピアニストの沈黙と再生」が現在公開中です。この作品は、2013年から9年間にわたる活動休止を余儀なくされたブーニンが、ピアニスト生命を脅かす苦難を乗り越え、再び舞台に復帰するまでの軌跡を克明に描いています。
華麗なデビューから亡命、そして苦難の日々
ソビエト時代のモスクワに生まれたブーニンがショパンコンクールを制したのは、わずか19歳の時でした。そのダイナミックで華麗な演奏は大きな喝采を浴び、翌年の初来日時には公演会場である国技館(東京)が満席となるほどの人気を博しました。1988年には西ドイツ(当時)に亡命し、自由を得た後はドイツと日本を拠点に精力的な演奏活動を展開していました。
ブーニン自身は「最も充実していたのは1990年代から2000年代にかけて」と振り返ります。コンクール優勝の喧噪を経て、より深い芸術を追求していたさなか、彼の人生に異変が訪れます。活動休止の発端となったのは左手のまひでした。さらに2018年には左足を骨折し、壊死した足首部分を切除する手術も受けることになります。
妻の支えと音楽への情熱による再生
「ピアニストでなくなったら…」と考えを巡らせることもあったと明かすブーニンですが、「逆に、私はピアノと共にあるのだとはっきりと分かった」と語ります。復帰を諦めなかった背景には、「あなたの居場所は舞台」と背中を押してくれた妻・栄子さんの励ましがありました。また、「私の手で再び、聴いてくださる皆さんとコミュニケーションを取りたい」という強い思いが彼を支え続けました。
2022年夏に演奏活動を再開したブーニンですが、映画には以前のように演奏できないことにいらだち、苦悩する姿も収められています。左手はいまも万全ではなく、手術で短くなった左足には厚底の靴を履き、ピアノのペダルには特注の器具を付けて演奏を続けています。
音楽の美しさを伝える使命
ブーニンはピアノに向かう喜びについて、「音楽は美しいと伝えること」と語ります。「音楽はつらいことや悲しいこと、大変なことも扱うけれど、それを美しく描写する。天才的な作曲家たちが残してくれたその思いを心の中に抱いていけたら」と続けます。ショパンを弾き続ける理由については、「ショパンと私は同じ美的なまなざしを持っているからこそ、傍らに居続ける。私の一部なのです」と説明しています。
一方で、世の中には醜いことがあふれているとも指摘します。「私が醜いと思うのは、黒いものを白に、白いものを黒にしてしまうこと、そしてその状況に折り合いを付け、受け入れてしまうこと」と語り、「そんな中、音楽の美しさはきっと、人々に訴える何かがあると信じているのです」と音楽の力を信じています。
新たなステージへ
映画には今年1月に東京で開催された公演の映像も収められており、演奏にも表情にも希望が宿っています。9月には60歳を迎えるブーニンは、「一日一日生きていることが私にとって贈り物。それを受け止め、この先も何が起きるか分かりませんが、ピアノを弾き続け、努力していきたいと思います」と前向きな姿勢を示しています。
ブーニンは現在の目標について、「今の目的は、現状で最善を尽くし、曲から最大限のものを引き出すこと」と語り、「私の思いを皆さんが理解してくださり、感動したと言っていただけるのであれば、それが一番の褒賞です」と聴衆との絆を大切にしています。
音楽への深い愛情と、逆境を乗り越える人間の強さを描いたこのドキュメンタリー映画は、クラシック音楽ファンだけでなく、多くの人々に感動と勇気を与える作品となっています。



