日本唯一のヴィーナー奏者・的場裕子さんが語る南インド古典楽器の深遠な魅力
日本唯一のヴィーナー奏者が語る南インド古典楽器の魅力

洋梨のような丸みを帯びた独特の造形が目を引く「ヴィーナー」は、南インドを代表する古典弦楽器です。日本で唯一の奏者である的場裕子さん(76歳、東京都三鷹市在住)は、その豊かな音色と西洋音楽とは全く異なるインド音楽の深遠さに魅了され、半世紀にわたり研さんを重ねてきました。本場インドの舞台にも立つ実力の持ち主ですが、「一生かかってもやり切れない」と笑いながら、その奥深さを語ってくれました。

宇宙の存在を感じさせる音色

インド音楽独特の細かな音のうねりは、音量は大きくないものの、長調とも短調とも異なる不思議な旋律を奏でます。部屋の空気を歪めるようなその響きは、大げさに言えば宇宙の存在を感じさせるほどです。

ヴィーナーは木をくり抜いて胴と棹が作られ、全長は約1.3メートル。ビートルズのジョージ・ハリスンが練習したことで知られる北インドの弦楽器「シタール」の南インド版とも言えます。棹の左側にある「共鳴体」は名ばかりで、実際には音を増幅する効果はありません。奏者はあぐらをかいて左膝に共鳴体を乗せ、右手の人差し指と中指に爪を付けて弦を弾きます。

Pickt横長バナー — Telegram用の共同買い物リストアプリ

「インド人の耳になる」までの苦労

的場さんとヴィーナーの出会いは50年前に遡ります。東京芸術大学楽理科で民族音楽学者の小泉文夫教授に師事し、「他の人がやらないものを」とモンゴルと迷った末にインドを選びました。

1972年に南インドのタミルナード州立音楽大学に留学。日本でもヴィーナーを習っていましたが、現地では「周りのインド人はわかるのに自分だけわからない」状態で、授業についていけず途中帰国しかけました。しかし、外国人に教えた経験が豊富な先生との出会いに救われます。「五線譜がなく音階がドレミではないインド音楽は、西洋音楽と全く違います。五線譜を捨てて『インド人の耳になる』のが本当に難しかった」と振り返ります。

インド人でも「2、3度生まれ変わらないと」

芸大卒業後は日本女子体育大学でピアノを教えながら、夏休みにインドに通い続けました。59歳で早期退職してからはヴィーナーに専念し、実力を認められて2005年からはインドでも演奏しています。

音階に相当する「ラーガ」は、よく使われるものだけでも200~300種類。音から音への移り方など細かな制約がある一方で即興性も求められ、「古典でありながら古びず、常に新しい音楽が生まれる」と言います。この創造的な奥深さこそがインド音楽の魅力だと的場さんは語ります。

ヴィーナー演奏の複雑な技術に終わりはなく、「インド人ですら2、3度生まれ変わらないとやり切れないと言っています。私もまだまだです」と前を見据えます。

ヴィーナーとは

ジャックウッドの木から作られるヴィーナーは、弦が7本あり、うち3本は拍子を刻むために使われ、メロディーを奏でるのは4本です。右手で弾き、左手で弦を引っ張ったり滑らせたりすることで音に揺らぎを与え、繊細な旋律を生み出します。曲の歌詞はすべてヒンズー教の神々を讃え、学問や芸術などの知を司るサラスヴァティ女神が肖像画で必ず抱いている神聖な楽器です。的場さんによると紀元前後に書かれた文献に載っており、かつては弦楽器の総称だったといいます。

Pickt記事後バナー — 家族イラスト付きの共同買い物リストアプリ