万博の「河瀬館」、イチョウと共に泉佐野へ移築へ…河瀬さん「記憶受け継ぎ対話続けたい」
万博「河瀬館」、イチョウと共に泉佐野へ移築

大阪・関西万博で映画作家の河瀬直美さんが手がけたパビリオン「Dialogue Theater―いのちのあかし―」が、関西空港を一望する大阪府泉佐野市の緑地に移築されることになった。世界で分断が深まる中、様々な人々による「対話」をテーマにした展示は多くの注目を集めた。河瀬さんは「万博の記憶を受け継ぎ、日本の玄関口である泉佐野で対話を続けたい」と語っている。

パビリオンの特徴と移築の経緯

パビリオンは、廃校となった奈良県十津川村の中学校と京都府福知山市の小学校分校の木造校舎を活用して建設された。スクリーン越しに人々が会話する様子を来場者が映画のように鑑賞する演出が話題を呼び、会期中に計1633回の対話セッションが行われた。

泉佐野市への移築は、パビリオンの受け入れ先を探していた河瀬さんに対し、千代松大耕市長が閉幕直前に「泉佐野で引き受けたい」と声をかけたことがきっかけで実現した。千代松市長は、小学校分校の跡地からパビリオンの中心に移植され、シンボル的存在となっていたイチョウが「市の木」であることなどから縁を感じたという。

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移築の詳細と費用

パビリオンだけでなく、イチョウなどの植栽も含めて丸ごと泉佐野丘陵緑地へ移すことが決まった。日本国際博覧会協会が4月に公表した報告書によると、ほぼ全てを移築する計画のパビリオンは、「いのちのあかし」に加えてオランダ館やパソナ館など6館で、84館の1割弱にとどまる。会期が半年と限定された万博の建物は「仮設建築物」として建てられたため、恒久的な移築には建築基準法の規定を満たす再設計や移送、維持管理費がかかるからだ。

こうした事情を踏まえ、河瀬さんは開幕前から閉幕後にすべて移築することを見据え、業者と解体までを丁寧に行う契約を結んだ。樹木が深く根を張らないよう台座にのせて植栽するなど、工夫を重ねていたという。市によると、移築費用は約18億円を見込み、大半は企業版ふるさと納税の寄付金で賄われる予定だ。市おもてなし課の担当者は「泉佐野に新たな人の流れが生まれることを期待している。関西空港の地元の自治体として、『いのちのあかし』を通して多文化共生を広げていきたい」と話している。

移築後の展望と関係者の声

移築後も、建物では万博期間中と同じように「対話」が行われる予定だ。昨年4月、末期のがんで余命宣告を受けた夫とパビリオンでスクリーン越しに対話した奈良県天理市の看護師、尾上英美さん(54)は「安住の地が決まってうれしい。夫は『対話』の3日後に亡くなったが、命がけで紡いでくれた言葉はこの建物に記憶として刻まれていると感じています」と語っている。

万博会場となった大阪市此花区の人工島・夢洲から4月下旬、トラックでイチョウが泉佐野丘陵緑地に移された。パビリオン移築の第一歩として6月14日に記念式典が開かれ、イチョウが一般公開される。

河瀬直美さんのインタビュー

パビリオンのプロデューサーを務めた河瀬直美さんに、移築への思いを聞いた。

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「移築は、開幕前から構想の一部でした。木造校舎には地域の人たちに愛されていた記憶が宿っていて、祭典の中で紡がれた新たな物語も息づいています。今も世界で起きている争いをどう超えていけるのかを考え、対話をテーマにしました。二極で分断するのではなく、答えを一緒に出していけば解決できるのではないかと。対話を経験して心を開き、相手の言葉を受け入れる参加者たちの姿を見て手応えを感じました。対話の試みは泉佐野でも続けていきたい。木造校舎のにおいや万博の記憶を受け継ぎ、半年間限定のパビリオンから、今後20年、30年と末永く、成長していく場になればと願っています」