支障木から生まれる森の香り 広葉樹の精油で新たな林業の道を切り拓く
蒸留したエッセンシャルオイル(精油)は、樹木の涙とも血の一滴とも言われる。森の達人と呼ばれる人物の話を聞くと、アロマオイルの香りも心して楽しみたいという思いに駆られる。三重県大台町では、面積の約93%を森林が占め、樹種は実に500種にも及ぶ。日本の林業は長らくスギとヒノキに特化されてきたが、それ以外の木は「雑木」として一括りにされてきた。
収益低下から広葉樹への転換
しかし、スギやヒノキの収益が上がらない時代となり、宮川森林組合も十数年前から「雑木を生かした新たな森づくり」に目を向け始めた。これは自然本来の姿への回帰であり、広葉樹に商品価値を見いだす取り組みである。その推進役として声がかかったのが、森正裕さん(67)だ。
森さんの経歴は山と森の達人そのものだ。大杉谷登山道にある「桃の木小屋」を23年間管理し、大杉谷自然学校の山岳ガイドを12年務めた。大杉谷山岳遭難救助隊では40年以上関わり続けており、大台の山々を知る賢者とも言える。
4種類の精油と年間300万円の売上
商品化の一つがアロマオイルである。おなじみのヒノキ、清涼感あふれるクロモジ、ほんのり甘く女性に人気のタムシバ、希少性が高く香料になるカナクギノキ。これら4種の枝葉を8基の釜で水蒸気蒸留してアロマの原料を精製し、木工品なども含めて年間約300万円ほどを売り上げている。
ただし、精油のためだけに木を切ることはない。森林組合が山を皆伐や間伐する際に作業道をつける。その際に何の木があるか組合員と連絡を密に取り、「切り倒される支障木」をついでにいただくのだ。「チップに回される木からオイルが採れるなら一石二鳥」という考え方である。
木の特性を知り森を守る
資源には限りがある。全部切ってはげ山になれば、太陽光が当たって死んでしまう木もある。クロモジは日陰を好み、日なたでは育たない。タムシバの好みはその逆だ。木の特性を知ることは、森を守るための必須条件と言える。
種で苗を育て、山へ返す自然配植にも取り組んでいる。苗木協議会を作り、150種の木を育てている。間伐のとき、木はシカが食べるより少しだけ上で切る。根っこ近くで切ると、次に木が芽吹いてもシカに食べられてしまうからだ。木が死なないように工夫し、配植のデザインを日々考えている。
遺伝子の違いと生態系への配慮
例えば東北地方と三重では木の遺伝子が違う。東北の人から「その木を売ってくれ」と言われても、「長くは育ちませんよ。近場の苗木屋さんで購入されたほうがいいですね」と断るしかない。木の母樹が育った標高、斜面の傾斜角度、木が向いていた東西南北。遺伝子の違う木は同じ国産でも外来種と同じで、生態系を破壊する心配もある。観察力と洞察力も必要だ。
幼少期から培った観察力
奈良県田原本町で生まれ育った森さんは、幼少期は体が弱かったそうで、心配した父親が野山を連れ歩いた。遺跡や古墳、山城にも興味をそそられ、昆虫、爬虫類、川魚……。体力が蓄えられるほどに観察力を養った。
20歳代で山岳遭難救助隊に加わり、隊長として20年近く任務を負う。64歳で他界した父から昔「お前、慣れたらあかんねんぞ。遭難者をモノ扱いするようなことだけは絶対にするな」と戒められたことがある。
木との緩やかな共生
その姿勢はすべての命を育む森に対しても変わらない。だから、アロマが是が非でも売れてほしいという思いは持ち合わせない。
「オイルはその木の終わり。最後にもう一つ、生き方を見つけてやりたい。山で朽ちてしまい、山の養分になる前に、木がいい香りを出してくれるというのなら、欲しいという人に買ってもらえればいい」
木と人の緩やかな共生が命のサイクルを生む。森正裕さんの取り組みは、持続可能な林業の新たなモデルを示している。



