創業100年を迎える老舗写真館、3代目社長の情熱
阪急豊中駅のすぐそばに佇む「杉本写真場」は、今年で創業100年という歴史を刻む老舗写真館です。3代目社長を務める杉本彩二郎さん(76)は、一枚の写真に依頼者の人生や人となりを収めるため、日々研鑽を積み続けています。杉本さんは、写真を通じて家族の歴史や絆を形に残す使命に取り組んでおり、その姿勢は地域に根ざした営みとして評価されています。
写真館の歴史と杉本さんの歩み
杉本写真場の始まりは1926年、祖父の治作が阪急曽根駅近くに「家庭写真所」として開業したことに遡ります。当時は出張撮影を専門としており、戦後には父の一郎が後を継ぎ、豊中駅前にスタジオを構え、学校行事の写真撮影を請け負うなど事業を拡大しました。杉本さんは長男として「後継ぎ」のように育てられましたが、子どもの頃は写真にほとんど興味がなく、絵画に夢中だったといいます。
東京芸術大学への進学を志した杉本さんは、入試の実技試験で隣に座った受験生の絵のレベルの高さに衝撃を受け、不合格に終わりました。この経験から「絵は諦めて写真を学ぼう」と決意し、千葉大学の工業短期大学部に進学。故郷を離れる際、父からトプコンの一眼レフを託され、激励を受けたことが、写真家としての道を歩むきっかけとなりました。
ヨーロッパ巡礼と写真への没頭
フィルム現像が主流だった時代、杉本さんは学校で乳剤の研究に打ち込み、卒業後はカメラ雑誌の編集部でアルバイトを経験しました。その後、「ヨーロッパを巡る」という目標を立て、物価の安い北海道に移住。昼間は写真館や現像所で働き、夜はビジネスホテルのレストランでアルバイトをして資金を貯めました。
必死にためた100万円で約1年半をかけて欧州を巡り、プラハ、パリ、バルセロナなどの街並みを夢中で撮影しました。この旅は、杉本さんの写真技術と感性を大きく磨く機会となり、帰国後は父が設立した現像所で働きながら、後を継ぐ準備を進めました。父の死後、約40年にわたって写真館を営み続けています。
一枚の写真に込める思いと現代の課題
杉本さんが写真を撮る際に意識しているのは、被写体の雰囲気を感じられるようにすることです。家族写真であれば、にぎやかさや真面目さ、きょうだいの仲の良さなどを撮影中に感じ取り、「ムードメーカーは誰か」といった点を見極めながら、最もその家族らしい一枚を目指しています。
近年は「終活」の一環として、遺影用の撮影依頼が増えており、葬儀で祭壇に飾られた際に、生前の人となりが伝わる写真を心掛けています。しかし、それぞれの人生を一枚の写真に表現することは決して容易ではなく、お客さんが満足して帰られた後でも、「もっと構図や表情を工夫できたのではないか」と自問自答する日々を送っています。
昔はお正月や七五三、入学祝いなどの「ハレの日」に写真館を訪れるのが一般的でしたが、スマートフォンの普及により、気軽に互いを撮り合える時代へと変わりました。少子化の影響もあり、写真館を利用するお客さんは減少傾向にあります。それでも杉本さんは、「人生の節目をしっかりと形にして残したい」という依頼者の期待に応えようと、営業を続けています。
未来への展望と地域との絆
将来4代目となる息子と共に、体の動く限り家族の歴史や絆、生きた証しを残すお手伝いを続けたいと語る杉本さん。豊中市出身の杉本さんは、約70年前から一家そろって新年の写真を撮影し続けている常連客の家族を例に挙げ、店内に並ぶ歴代の家族写真を見せながら、「明るいご家族で、撮影するこちらも温かい気持ちになります」とほほ笑みます。
老舗写真館としての伝統を守りつつ、現代のニーズに応える姿勢は、地域社会から高い信頼を得ています。杉本写真場は、単なる写真撮影の場ではなく、人々の人生の物語を紡ぐ重要な役割を果たし続けているのです。



