水俣病の記憶を刻む埋立地にバラ園、憩いの場に再生 年間10万人訪れる名所に
水俣病の記憶刻む埋立地にバラ園、年間10万人来訪

水俣病を引き起こしたメチル水銀などを封じ込めた埋め立て地にある県営公園「エコパーク水俣」(熊本県水俣市)では、毎年春と秋に数千本のバラが咲き誇る。「水俣病の記憶を刻む地を彩り、憩える場にしたい」との思いで20年前に整備が始まり、患者や障害のある人らも携わって手入れしてきた。水俣病の公式確認から70年。地域再生の願いを込めた園は今、年間約10万人が訪れる名所となっている。

船を展示、波をバラで表現

バラ園には一隻の船が展示されている。「もともとは海だったこの地に、水俣湾の移り変わりを見てきた船を飾りたい」と前田宜重さんが約10年前に譲り受けて設置。つる状に伸びるバラを配して波を表現しているという。

慰霊式に参列、患者の声を胸に

公式確認された5月1日に犠牲者を追悼する慰霊式が営まれているエコパーク水俣。指定管理する「ハートリンク水俣」代表で、バラ園を整備した前田宜重さん(54)(熊本県芦北町)は毎年式に参列し、患者や遺族代表らの言葉を胸に刻んできた。「バラ園が、苦しみを乗り越えて前へ歩もうとしている人の力になれたら」と語る。

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バラ園構想の誕生

同社は2006年に指定管理業務を請け負った。前田さんは芦北町で造園業も営んでおり、知人からバラの魅力を教わり、公園内にバラ園を整備する構想が浮かんだ。ただ、同時に「慰霊の地でもあり、地元の人はどう感じるだろうか」との不安も抱いた。水銀や魚介類を封じ込めた地の管理を預かったことの意味を考え、思い悩んだ。

患者支援団体との出会い

一人悩むより、水俣の人たちが考えていることを知ろうと、患者らを支援する団体や施設を訪ねた。すると、覚悟していた批判はなく、応援してくれる人もいた。原因企業・チッソや国との闘争、患者の苦しみを記録した写真などから水俣に対して抱いていた「暗い印象」が大きく変わり、地元の人にも喜んでもらえるバラ園を造ろうと決めた。

障害者と共に育てるバラ園

手入れなど必要な作業は、園芸を通じて障害者の生きがい作りに取り組む水俣市のNPO法人「グローバル園芸療法センター」代表の本田洋志さん(55)に協力を求めた。「トゲがある『バラ』と聞き、最初は心配だった」と本田さん。けがをしないように手袋を着けて作業することなどを徹底し、現在は約15人が苗の栽培や草取りなどを担い、毎年美しい花を咲かせている。

「看板娘」しのびピンクのバラを集めたエリア

小児性患者の前田恵美子さん(2018年に64歳で死去)も同センターで園を手伝った一人だ。春と秋に開催されるローズフェスタ期間中は連日、受付を担当。笑顔で出迎え、「看板娘」と呼ばれていた。市立水俣病資料館の語り部も務めており、語り部支援員の長迫由希子さん(47)は「明るく元気に生きている患者もいることを伝えようとしていた」と話す。

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