愛知県一宮市南東部の農村地帯には、水田に浮かぶように小さな畑が点在している。その名も「島畑(しまばた)」。水田に囲まれ耕しにくそうに見えるが、かつては一宮だけでなく、全国で見られた景観だという。現在では珍しくなった島畑の周辺を歩き、その実態を探った。
水田の中に浮かぶ島畑
岩倉市境にある丹陽町重吉地区。農道を歩くと、水田の中に島畑がポツリ、ポツリと点在しているのが見つかる。ざっと10枚ほど確認できたが、多くは草が茂り、あまり耕されていないようだ。田んぼと畑が入り交じる不思議な景色が広がっている。
農作業にいそしむ男性(77)に話を聞くと、彼の家もかつて島畑を所有していたが、40年ほど前に撤去したという。「昔は手で田植えをしていたから良かったけど、今は機械だから、真ん中に畑があったら邪魔じゃん」。島の部分の土は業者に高値で買ってもらい、全面を田んぼにしたそうだ。
島畑のメリットとデメリット
さらに歩くと、農道とつながって島ではないが、島畑の面影のある場所でキャベツを育てる男性がいた。話を聞くと、農業用機械が入りにくい一方、わずかな土地で米も野菜も採れるという。「島畑にはメリットもデメリットもある。ただ一度、畑をつぶすと元に戻せないんだよ」と語った。
島畑の成り立ちと生態系
情報を求めて訪ねた一宮市博物館には、島畑の模型が展示されていた。説明板には「自然堤防を削って水田を広げていく過程で、余った土を盛った部分を畑作に利用したものです」と成り立ちが記されている。また、ドジョウやカエルなど多様な生態系を守っていたことも紹介されている。
研究者の見解
島畑に詳しい研究者として、名古屋大学名誉教授で地理学が専門の溝口常俊さん(77)に電話取材を行った。溝口さんは尾張の島畑を30年間記録している。「もし水害で田んぼがやられても、小高くなっている畑は無事なことがある。島畑は、稲がだめでも野菜を食べられるための知恵なのだ」という。現在の一宮では、少なくとも江戸時代には島畑が広がっていたそうだ。
全国にあった島畑の減少
島畑は一宮だけに見られた景観ではなく、かつては全国各地に存在した。しかし、機械を使った耕作に不向きで、戦後の区画整理によって数は大きく減少した。重吉地区は「区画整理をすると農地が減ってしまうのではないか」という懸念から開発されず、結果として珍しい島畑が現存することになったのだという。
新たな時代の波
そんな重吉地区にも、新たな時代の波が押し寄せている。昨年、地区内を走る名神高速道路に一宮スマートインターチェンジ設置の許可が出た。これに合わせて、農地を含む一帯が大規模に開発されると地元では噂されている。
最初に出会った農家の男性は後継ぎがいないといい、「これまで田んぼは1坪5千円でも売れなかった。開発で工場や公園ができて町になるらしい」と、どこか嬉しそうだった。米を作っても価格が安く、採算が合わないという。溝口さんは「島畑は消滅するのではないか」と推測する。
先人の知恵と変化する農村
米も野菜も自給自足できるよう島畑を作った先人たち。時代とともに変わりゆく農村の姿を、目に焼き付けた。



