東京・台東区の上野公園で、花見客でにぎわう春の喧騒が去った5月中旬。緑一色の並木の下で、剪定ばさみを手に歩く人々がいる。ボランティア団体「上野桜守の会」のメンバーだ。国内外の人々を魅了する「上野の桜」を見守り続けて20年。今年、発足20周年を迎えた会の活動に密着した。
剪定作業の舞台裏
午前9時半、JR上野駅公園口にヘルメット姿の会員13人が集まった。この日はメインストリート「さくら通り」の剪定作業だ。活動は来園者が少なく安全を確保しやすい月曜日を選び、真夏を避けて年間約20回実施。会員は現在、区内外に住む30~80代の約50人。定年退職後に参加した人も多く、世代を超えて桜を見守っている。
運営委員長の木村雄二さん(71)は幹に触れながら説明する。「余分な細い枝を切らないと、養分が取られて木に負担がかかるし、歩道に張り出してしまう」。桜は切り方を誤ると傷みやすい木として知られるが、風通しや樹形を保つために必要な剪定は欠かせない。会員たちは木を囲み、幹から伸びた「胴ぶき枝」や根元の若枝「ひこばえ」を1本ずつ切り落としていった。
上野の桜の歴史
上野公園の桜の歴史は江戸初期にさかのぼる。寛永寺創建の際、天海僧正が吉野山からヤマザクラを取り寄せたのが始まりとされる。戦災で多くが失われた後、戦後はソメイヨシノを中心に植栽が進んだ。現在は約50種類、700本ほどの桜が植えられ、ジュウガツザクラが咲く10月から4月下旬ごろまで長く花を楽しめる。
知る人ぞ知る楽しみ方
「メインストリート周辺の桜が散っても、不忍池へ行けばまだ咲いていることがある」。知る人ぞ知る上野の桜の楽しみ方だ。上野公園は台地の上に広がり、不忍池はそのふもとに位置するため、池周辺は気温や湿度がやや異なり、ソメイヨシノの開花も2日ほど遅い。種類が多く、人混みも比較的少ない。東照宮をはじめ、歴史的建造物と桜が織りなす景色も上野ならではだ。
発足のきっかけと活動の広がり
会の発足は2006年。上野公園を管理する都東部公園緑地事務所がボランティア活用の方針を示し、上野観光連盟に協力を打診したのがきっかけだった。当時、連盟事務総長を務めていた木村さんが窓口役となった。「元々、桜に詳しかったわけではない」という木村さんだが、活動を続けるうちに桜の文化や歴史にも関心を持つようになった。
活動は枝の剪定や木の健康状態の確認だけではない。園内の「桜マップ」も毎年更新している。どこにどんな桜があるのか、種類や場所が分かる詳しい地図を作成し、会のホームページでも公開している。
コロナ禍と外国人観光客の影響
華やかな花見の裏側には地道な苦労もある。新型コロナウイルス禍で活動が2年近く止まった間、公園事務所の担当者交代も重なり、道具やデータの管理面で混乱があったという。「また一から説明することもありました」と木村さんは苦笑する。「過去からの作業や管理の流れを、折に触れて共有していくことが大切なんです」と話した。
外国人観光客の増加に伴い、枝を引っ張って撮影する行為なども課題になっている。一方、コロナ後は桜への負担軽減のため、さくら通りでの宴会が禁止され「静かな花見ができるようになった」との声も寄せられている。
メンバーの思い
この日の作業は昼前に終了した。「この枝、去年より元気になったね」。作業をしながら会員たちが笑い合う。そんなひとときも、活動を続ける楽しみの一つだ。10年前から参加する出浦康子さん(71)は、新緑の並木をうれしそうに見上げた。「森が力を持って膨らんでいる時期。無駄な枝が伸びていかないよう、きれいに育つお手伝いをしています」
木村さんも言う。「上野の桜は、江戸時代から続く花見の文化とともに受け継いできた景色。どこの国から来た人たちも、笑顔で感動してくれる。ささやかですが、国際平和にも貢献できていると思っています」



