粘菌の研究をはじめ、人文学や民俗学、植物学など多彩な分野に影響を与えた博物学者・南方熊楠(1867~1941年)に関する資料を保管・展示している南方熊楠顕彰館(和歌山県田辺市中屋敷町)が今月、開館20年を迎えた。23日には記念のシンポジウムが開かれ、「知の巨人」と称された熊楠の業績や生涯に思いをはせた。
顕彰館の歩み
顕彰館は、熊楠が後半生を過ごした旧邸の隣に立つ。熊楠没後、旧邸に残されていた蔵書や書簡、標本などの資料を保存し、後世に継承するための拠点として2006年5月14日に開館した。収蔵資料は約2万5000点にのぼり、データベース化されて研究者や一般の来館者が閲覧できる。折々に企画展を開いているほか、常設展示でも熊楠の生涯や業績を解説。顕微鏡を使って粘菌を観察できるコーナーも設けている。一般公開されている旧邸とともに観光スポットになっており、昨年度は約8200人が訪れた。
シンポジウムの内容
シンポジウムは「南方熊楠の多面性と顕彰館資料」をテーマに23日に開かれ、約45人が参加した。1990年代から旧邸資料の目録作りや顕彰館の設置に尽力した松居竜五館長(龍谷大教授)や熊楠研究者の安田忠典さん(関西大教授)、田村義也さん(成城大非常勤講師)が登壇。熊楠の資料があまりに大量のため目録作りに13年かかった苦労話や、熊楠死後も資料を大切に保存していた長女・文枝さん(2000年に死去)との交流などを紹介し、顕彰館の歩みを振り返った。
安田さんは「地方の偉人を顕彰・研究する施設として、一番優れた施設だと思う。まちづくりにも寄与しており、田辺市の価値を高めている」と評価。田村さんは、今も熊楠に関する資料や知見が新たに見つかる例を挙げ「熊楠研究はまだ継続している。それらの資料の長期的な利用や保全についても考えないといけない」と強調した。
館長の決意
終了後、松居館長は「森羅万象を研究対象とし、独力で学問を切り開いていく熊楠の姿勢は、今の体系化された大学や社会においてむしろ見習うべき点が多い」とした上で、「今後も顕彰館として、熊楠の資料を世界中の人に還元していけるよう、継続的な研究と発信に努めていきたい」と決意を新たにした。
今後の予定
顕彰館では今後、熊楠研究者らによる全5回の連続講座を開く。初回は7月18日午後2~4時。問い合わせは顕彰館(0739・26・9909)。
南方熊楠の生涯
南方熊楠は現在の和歌山市生まれ。東京大学予備門(現・東京大)を中退後、アメリカとイギリスを遊学。帰国後は主に田辺市を拠点に、粘菌の新種発見や自然保護活動などに取り組んだ。民俗や宗教などあらゆる分野に通暁し、十数か国語を理解できたという博学多才の人で、「知の巨人」と称された。



