音声と手話が交錯する舞台「黙るな動け呼吸しろ」 ろう者と聴者の「遭遇」を描く異色作の狙い
まったく異なる世界で暮らしてきたろう者と聴者が「遭遇」したとき、何が起こるのか。東京デフリンピックの文化プログラムとして、ろう者と聴者の演者で作り上げた舞台作品「黙るな動け呼吸しろ」が昨年11月、東京文化会館(台東区)で上演された。この作品では、音声と手話のせりふが通訳なしで舞台を飛び交い、観客に独特の体験を提供した。異色の作品にはどのような意図が込められていたのだろうか。
二つの世界が交差する物語の舞台
物語には二つの世界が存在する。一つは「霧のまち」と呼ばれる場所で、濃い霧とともに動き続けている。約2万人が暮らすこの世界では、音の概念が存在せず、手や体、顔の動きを使う手話が主な言語手段となっている。住人役はすべてろう者が務め、独自の文化を築いている。
もう一つは「百層」という世界で、聞こえる人たちが住む。直径が平均9キロの円形のフロアが積み上がった100階建ての都市で、一つの階に平均100万人が暮らす。人口密度が異常に高く、公共空間では音量規制が設けられているため、住人は取り締まりを恐れて常に神経質になっている。
物語は、百層の住人チャトが霧のまちに迷い込み、異世界の住人と出会うところから始まる。音声言語で話そうとするチャトと、手話で語る人たちは初めうまく意思疎通できないが、チャトは手話を覚え、異なる文化に関心を抱くようになる。その後、霧のまちの3人を連れて百層に向かい、今度はその3人が異世界に遭遇する展開が描かれる。
通訳を入れなかった意図とは
観客の多くが音声か手話のどちらかしか理解できない中、なぜ通訳を入れなかったのか。構成・演出を務めたろう者の牧原依里さんは、1月下旬のトークイベントでこう説明した。
「今の社会をそのまま投影したい狙いがあった。現実の社会を反映させた構造でやりたかった」と牧原さんは語る。ろう者は現実社会で、周りの声での会話は聞こえないままに過ごしている。逆に、聴者もろう者の世界を理解しないまま生活している。この作品では、そのような現実を舞台に再現することで、観客に直接的な体験を促した。
霧のまちの住人役は公募を含め23人、百層の住人役はエキストラを含め聴者34人が務めた。稽古はしばらくの間、別々に進められた。初めから聴者と同じ場にいると、ろう者の側が「影響を受けてしまう」との懸念があったからだ。
ドラマトゥルクを務めた聴者の長島確さんは、合同の稽古が始まると「いつの間にか聴者ペースになってしまう。そのつもりがなくても、聴者の普段のやり方が場を支配してしまう」と感じたという。裏方スタッフが全員聴者で、普段から舞台の現場にろう者が入れていない現実にも直面した。
互いの世界を知った後の展開
舞台の終盤では、異世界の住人たちが一緒にコンサートに出演する。音楽に乗って踊る百層の人たちと、それは聞こえないが、ろう者の「オンガク」を表現する霧のまちの3人。牧原さんらろう者側は、呼吸と手の動きが心地良く絡むのをオンガクととらえたという。
聴者側の演出も務めたチャト役の島地保武さんは「『ダンスじゃないの?』と思うこともあったが、発動しているところが違うのは見て明らか」と振り返った。このシーンでは、異なる文化が融合する可能性が示されている。
舞台は2年半をかけて完成した。総合監修した東京芸術大の日比野克彦学長は「呼吸という共通のキーワードを見つけ、黙るな、動け、という言葉も生まれた。遭遇とは協働や共創ではない。さて『その後は?』となる」と語る。霧のまちから百層に来た一人は、そこにとどまることを選ぶ。互いの世界を知った人たちのその後は、これからの現実の世界にあると作品は問いかける。
この舞台は、ろう者と聴者の間にある壁を超え、新たな理解を生み出す試みとして注目を集めている。観客は、音声と手話が交錯する空間で、異なる世界観の衝突と調和を体感することができる。