宮尾登美子の未発表短編「貧乏感懐」が発見される
「鬼龍院花子の生涯」など数多くのベストセラー小説で知られる作家、宮尾登美子(1926~2014)が中央文壇で認められる前に、別名義で執筆した短編小説の存在が明らかになりました。この作品は、雌伏の時代における貧乏生活を描いたもので、後の出世作「櫂(かい)」に始まる自伝的作品群への道筋を示す貴重な資料として注目を集めています。
「前田とみ子」名義で書かれた「貧乏感懐」
発見されたのは「前田とみ子」名義の短編「貧乏感懐」です。名入りの400字詰め原稿用紙に書かれた約70枚の作品で、家に質草が無くなってもぜいたく癖が治らない40代前半の女性と、あきれながらも連れ添う新聞記者の夫との、借金返済に追われる日々を戯画的に描いています。この作品は、宮尾が中央文壇で認められる前の苦しい生活状況を如実に物語る内容となっています。
中央文壇への道のり
宮尾登美子は1962年に前田名義で発表した「連」で女流新人賞を受賞し、地元の高知では一定の評価を得ていました。しかし、中央文壇ではなかなか認められず、離婚・再婚を経て1966年に上京しました。上京後は雑誌編集者として働きながら執筆活動を続け、1973年に「櫂」で太宰治賞を受賞。これをきっかけに人気作家への道を歩み始めることになります。
今回発見された「貧乏感懐」は、まさに中央文壇で認められる前の苦闘の時期に書かれた作品です。質素な生活の中でも創作意欲を失わなかった宮尾の作家としての原点が感じられる内容で、後の自伝的作品群への連続性を考察する上で極めて重要な資料と言えるでしょう。
専門家によれば、この作品には既に宮尾文学の特徴である緻密な人間観察と生活感あふれる描写が現れており、作家としての成長過程をたどる手がかりとして大きな価値があると評価されています。経済的困窮の中でも創作を続けた宮尾の作家としての強い意志が、この未発表短編からも読み取ることができます。