愛犬エルの旅立ちから学ぶ、命の尊さと「肉体を返す」ということ
愛犬エルの旅立ちから学ぶ命の尊さと肉体を返す意味

愛犬エルの穏やかな旅立ちと「肉体を返す」という思い

数日前から飲み食いができなくなっていた愛犬エルが、冬にしては穏やかな日差しが差し込む午後に、静かに息を引き取りました。大型犬としては長寿の16歳を過ぎていたエルは、その日いつものようにオムツを替えると便も出ており、きれいに拭いてあげた後、ふぅっと息を吐き出すような音を立て、ゆっくりと呼吸が止まっていったのです。その瞬間、私は不意に「あぁ、肉体を返したのだ」という思いが胸に浮かびました。

介護職の息子との共有体験

翌々日、近くのお寺で火葬にしたとき、息子が「体を返したんだよ」と、私と同じ言葉を発したのには少し驚きました。介護職に就く彼は、これまで何人もの利用者さんをみとり、そのたびにそう感じるのだと続けました。肉体は借り物という考えが、この体験を通じてより深く実感されたのです。長いにしろ短いにしろ、日々を精いっぱい生きた証しのようにも思え、エルの一生が私に多くのことを教えてくれました。

エルの後半生と生きる力

エルの後半生は、後ろ足がほとんど使えなくなっていましたが、それでも立ち上がり、帰宅する夫を玄関まで迎えに行く姿は、尾を振りながら力強く感じられました。70歳を過ぎてから難病と闘う私に対して、エルはつらい様子を一切見せず、命ある限りはひたすら生きるのみ、と語っているようでした。その姿は、私に生きる勇気を与えてくれたのです。

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命の終わりと新たな気づき

エルが眠るように逝った後、その真っ白な毛並みをなでながら、私は思いました。その日が私に来たときには、空っぽにしてきれいな体を返したいものだと。この体験は、命の尊さと、日々を大切に生きることの重要性を改めて教えてくれました。松尾明美さん(73)は、神奈川県茅ケ崎市で、エルとの思い出を胸に、今も前向きに日々を過ごしています。

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