「お母ちゃん、ただいま」母の言葉が今も背中を押す
「お母ちゃん、ただいま」母の言葉が今も背中を押す

たまに実家に帰ると、母の第一声は決まっていた。「康平、外から帰ってきて、手と口あろたか?」。それは、きれい好きで、少し過保護な母の口癖だった。幼い頃は当たり前のように従っていたその言葉は、大きくなるにつれ、だんだん煩わしくなってきた。「わかってる」「今からするって」。反抗期には、洗ったふりをして、わざとそのままにしていたこともあった。

やがて子供を連れて帰省しても、母は孫にではなく、私に言った。「康平、手と口洗ったか?」。それを聞いた息子が笑う。「お父さん、洗ったん? おばあちゃんが聞いてるで」私は思わず、「いつまでそんなこと言うんや」と、母に小言を言ってしまった。母は、何とも言えない顔をして黙り込んだ。それでも母は、相変わらず私に言い続けた。

母は96歳でその生涯を終えるまで、ずっと家族に心を向け続けた人だったのだ。今になって思う。あの言葉は、「おかえり。元気で頑張れ」という、母から私への精いっぱいのエールだったのだと。今、誰もいなくなった実家に帰ると、私はそっとつぶやく。「お母ちゃん、ただいま」。そして、手を洗い、ゴロゴロとうがいをする。今も、母の声が、私の背中を押してくれている気がして。

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杉中康平(64) 堺市美原区

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