長嶋茂雄の信念、ファン第一の精神が侍ジャパンの欠場議論に示す教訓
長嶋茂雄のファン第一精神、欠場議論に示す教訓

WBCでの欠場議論、長嶋茂雄の信念が示すプロ野球の本質

野球の国・地域別対抗戦「ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)」の1次ラウンド「WBC東京プール」で、日本代表の侍ジャパンは開幕3連勝を達成し、準々決勝進出を決めた。しかし、3月10日のチェコ戦では、大谷翔平(ドジャース)と鈴木誠也(カブス)のメジャーリーガー2人が欠場し、井端弘和監督は休養のためと説明した。

この決断に対しては、賛否両論が巻き起こった。米国から帰国して1次ラウンドを戦った2人は、チェコ戦の夜にチームメートと共に準々決勝が行われる米国へ渡り、大会終了後は162試合のシーズンが待ち受ける。特に二刀流の大谷は、投手としての調整も並行しており、井端監督には選手をケガなく大会を終えさせる責任がある。欠場の理由は理解できる一方で、高額なチケットを購入したファンが直接スター選手を見たいと願う気持ちも無視できない。

繰り返すが、選手と指揮官の決断を責めるつもりはないが、個人的には1打席でも2打席でも出場してほしかった。次のWBCは早くても3年先と言われ、大リーグ開幕戦の日本開催も未定で、日本のファンにとって彼らを見られる機会は貴重だからだ。

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長嶋茂雄の「ファン第一」精神、現役時代から貫かれた信念

昨年亡くなった「ミスタージャイアンツ」、長嶋茂雄さんは、プロ野球が興行であることを常に意識し、ファンの気持ちを第一に考えていた。2020年に亡くなったライバル、野村克也さんから聞いたエピソードがある。1960~70年代のオフに開催されていた「日米野球」は、20試合近く行われることが珍しくなかった。日本シリーズを終えて息つく間もなく始まるため、南海(現ソフトバンク)でプレーしていた野村さんが長嶋さんに「たまには休んだらどうか」と言ったところ、「俺を見に来てくれるファンがいるから全部出るよ」と返されたという。野村さんは「さすがプロ中のプロ」と感心していた。

後輩や教え子に受け継がれる長嶋の遺産

長嶋さんの信念は、後輩や教え子たちにも受け継がれていた。2003年オフに巨人の監督に就任した堀内恒夫さんは、翌年2月の鹿児島でのオープン戦初戦で、当初はキャンプ地の宮崎に残って調整するとみられていた高橋由伸さんを4番に指名し、多くの主力選手の出場を促した。堀内さんは「どんな試合であっても、巨人軍として試合する以上、お客さんに喜んでもらえるメンバーを組むことが大切」と考えていたからだ。

高橋さんは後年、「堀内さんに無理やり連れていかれた試合ですね」と冗談交じりに振り返ったが、試合では満塁本塁打を放つ大活躍で期待に応えた。また、長嶋さんが4番打者に育て上げた松井秀喜さんは、連続試合出場にこだわりを持っていた。一つ目の理由はファンに対して。「1年に1度、家族で球場にやって来る人たちもいる。そんな人たちをがっかりさせられない」。二つ目は仲間たちに対して。「リードされていても『まだ松井がいる』って思われる選手になりたい」。巨人時代の1993年8月から始まった松井さんの連続試合出場記録は、ヤンキース移籍後も続き、2006年5月に左手首を骨折するまで、1768試合に達した。

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現代の野球に生きる教訓、子どもたちへの夢

同僚は中学生の息子さんを連れて侍ジャパンの初戦、台湾戦を観戦した。目の前で飛び出した大谷の満塁弾を、野球観戦が初めてだった少年は生涯忘れることがないだろう。そんな経験を多くの子どもたちにしてほしいと願う。長嶋茂雄の「ファンの気持ち第一」の精神は、WBCでの欠場議論を通じて、現代野球が直面するバランスの難しさを浮き彫りにしつつ、プロとしての在り方を問いかけている。