日本選手権(中日新聞社後援)の開幕が12日に迫った。舞台となるパロマ瑞穂スタジアムは今秋、愛知・名古屋アジア大会の主会場として、再び国内外のトップ選手を迎え入れる。地元・愛知県豊田市出身で、陸上男子110メートル障害で2004年アテネ五輪、08年北京五輪に出場した内藤真人さん(45)にとっても、「瑞穂」は特別な場所。そのハレのシーズンを格別の思いで見守っている。
原点は瑞穂
この春、東京で暮らす内藤さんの元に、地元の友人たちから動画が送られてきた。アジア大会に合わせて様変わりした新スタジアムが映っていた。建て替え前の競技場は、社会人1年目の03年に当時の日本新記録を打ち立て、世界に羽ばたくきっかけをくれた場所。約3万人収容の威容に驚きつつ、「やっぱりすごく神聖な場所」とかすかな面影を感じた。
「瑞穂」は競技人生の原点。野球少年だった小学校高学年のころ、豊田市立大林小の代表として、男女混合400メートルリレーの県大会に出場した。全天候型の競技場が珍しかった時代。トラックの深い赤色に目を奪われた。スタンドには、国民体育大会(現国民スポーツ大会)の開催時に炎が揺れる炬火台が見え、「全国有数の競技場なんだろうと思った」。心躍る体験が、中学から本格的に陸上に取り組むきっかけになった。
日本新記録の舞台
中学2年から110メートル障害に専念。愛知・中京大中京高、法大時代も、よく瑞穂を走った。ミズノ入社1年目の03年7月、愛知県選手権で13秒47をマークし、当時の日本新記録を樹立。その日は豊田の実家から会場入りし、スタート位置からは高校時代の恩師が号砲を構えるのが見えた。「地元で自分のペースでやらせてもらえる。心も体も充実していた」。自らの日本記録を約2年ぶりに破り、08年の北京五輪出場へ突き進んだ。
アジア大会がもたらした転機
一度だけ出場したアジア大会は、大きな転機となった。「アジアから世界へ」と08年の北京五輪を意識して臨んだ06年のカタール・ドーハ大会。中国にはアテネ五輪金メダルの劉翔がいて、「仮想五輪」にはうってつけの大会だった。結果は2番手の中国選手にも及ばず、銅メダル。改めて世界の壁を実感し、なりふり構わず武者修行に出ようと決めた。大会翌月には米国に渡り、その後も欧州各地を1人で回った。世界のトップ選手と練習や試合を共にし、ひと回り大きくなって北京五輪に乗り込んだ。
目標だった五輪の決勝には手が届かなかった。それでも、世界のトップの考え方や練習法を吸収し続けた日々は、東京・城西高陸上部で指導する今、財産となっている。
現役選手へのエール
12日に開幕する日本選手権は、愛知・名古屋アジア大会の代表選考会を兼ねる。アジア大会が競技人生にもたらすインパクトを知っているからこそ、選手にはぜひ、アジアの金メダルを狙ってほしいと願う。「エリアチャンピオンという称号でステップアップできる。世界への第一歩につながっていく」。自身の夢の続きを託すような気持ちで、現役の選手たちを見詰める。



