1976年モントリオール五輪バスケットボール男子日本代表として活躍した北原憲彦(きたはら・のりひこ)さんが、5月30日午後10時25分に死去した。71歳だった。長野県出身。故人の意向により、葬儀は近親者のみで6月5日に執り行われた。
輝かしい経歴
北原さんは明治大学を卒業後、身長200センチを超える大型センターとして日本鋼管(NKK)で活躍。日本代表ではモントリオール五輪で主力の一角を担い、1980年代には主将も務めた。引退後は女子の第一勧銀でコーチを務め、男子のNKKも率いた。
女子日本代表監督として
2000年に女子日本代表監督に就任。2002年の世界選手権や同年の釜山アジア大会で指揮を執った。また、米プロバスケットボールNBAのテレビ解説も務め、幅広くバスケットボールの発展に貢献した。
北原さんの突然の訃報に、関係者やファンからは哀悼の意が寄せられている。その功績は長く語り継がれるだろう。



