若き力が巨人の10連覇を阻止、中日ドラゴンズの1974年リーグ制覇を振り返る
若き力が巨人10連覇を阻止、中日1974年制覇を振り返る

成熟した巨人を打ち破った若き力の結集

1974年、中日ドラゴンズは読売巨人軍の10連覇を阻止し、20年ぶりとなるセントラル・リーグ制覇を成し遂げた。与那嶺要監督率いるチームは、前年から2年連続で巨人に勝ち越していたが、このシーズンは8勝14敗4分けと大きく負け越した。特にシーズン後半は13試合で2勝10敗1分けと苦戦を強いられた。しかし、他の全球団に対して勝ち越したことで、ついに頂点に立つことができたのである。

個人タイトルの獲得とチームの結束

個人タイトルに目を向けると、中日からは松本幸行が最多勝と最高勝率を獲得し、星野仙一が最多セーブと沢村賞に輝いた。ベストナインには二塁手の高木守道と外野手のマーチンが選出された。一方、巨人からは堀内恒夫、王貞治、長嶋茂雄、末次利光の4人が選ばれ、MVPは2年連続三冠王という圧倒的な成績を残した王貞治が受賞した。

通常、MVPは優勝チームから選ばれることが多いが、この結果は1974年シーズンの中日らしさを象徴している。突出したスター選手の力に頼るのではなく、個々の選手の力を集め、束になって戦い抜いたのである。まさにチーム全体の結束力が勝利をもたらしたと言える。

若手選手の台頭が原動力に

夏場以降、鈴木孝政や竹田和史を代表とする若手選手の存在感が増し、これが成熟し尽くした巨人を乗り越える大きな原動力となった。「現状維持は衰退」という言葉通り、新たな力の注入がチームに活力を与えたのである。

新人王には、中大で「安打製造機」と呼ばれたドラフト1位新人の藤波行雄が選ばれた。藤波は野球センスに優れ、守備も巧みで、優勝に大きく貢献した。当時2年目だった鈴木孝政も、現在の基準であれば新人王の資格を満たしていたが、当時の規定ではその年度に初めて一軍出場した選手に限られていたため、対象外となった。

このシーズンは、巨人の底力をあらためて体感した一方で、若い力の結集が伝統的な強豪を打ち破る可能性を示した記念すべき年となった。中日ドラゴンズの1974年制覇は、プロ野球史に残るチームワークの勝利として、今も語り継がれている。