ガッツ石松さんの生き様は終生変わらず 負けても「まずは一歩から」
ガッツ石松さんの生き様は終生変わらず 負けても「まずは一歩から」

WBC世界ライト級タイトルマッチで、石松(右)の強烈な右ストレートが顔面に決まり、のけぞるブキャナン=1975年2月。ガッツ石松さんが2日、肺炎のため76歳で亡くなった。

とぼけた魅力と輝かしい功績

とぼけた発言で共演者をずっこけさせ、「OK牧場」を連発。タレントとしてのガッツさんしか知らない人もいるだろうが、ボクシング史にも輝かしい功績を刻んだ。栃木県で生まれ、貧しい家庭で育った。中学卒業後に単身上京。ボクシングをしながら職を転々とした。

1966年にデビューし、74年、24歳でライト級の世界王者に挑戦。モハメド・アリのワンツーを手本とした速く重い右で王者をKO。拳を突き上げ喜びを表現する様は「ガッツポーズ」として定着した。試合を決める「幻の右」は代名詞となった。

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エディ・タウンゼントとの絆

根性論が幅を利かせた時代。自主性を重んじる名トレーナー、エディ・タウンゼントさんの指導が肌に合ったという。「酒が飲みたい、たばこが吸いたいと言っても、エディさんは『どうぞ』と言ってくれた」。その代わり、練習したいと言うと、何時であろうと細い体でミットをいくらでも受けた。

「エディさんがそこにいることで赤ん坊のように安心する。ホットコーヒーを飲んでほっとする。そんな感じだった」。ユーモアも交えて振り返っていた。エディさんは言葉のかけ方も絶妙だった。2度目の防衛戦は11ラウンドまで劣勢。最終ラウンド直前、こう言われたという。「ガッツさん、この試合負けてもいいですよ。でも、まずは一歩から」。その言葉に奮起し、逆転勝利を収めた。

ガッツさんはその後も「負けても、まずは一歩から」という言葉を大切にし、人生の指針とした。アルコール依存症に苦しんだ時期もあったが、妻の支えで立ち直り、講演活動などで自身の経験を語り続けた。その生き様は終生変わらず、多くの人に勇気を与えた。

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