19歳の新星が五輪舞台で銅メダルを獲得 独創性が光る滑り
2026年2月13日、ミラノ・コルティナ冬季オリンピックのスノーボード男子ハーフパイプ決勝において、日本代表の山田琉聖選手(19歳)が見事な銅メダルを獲得しました。五輪初出場の若きアスリートが、従来の常識にとらわれない独創的な演技で世界の舞台を沸かせたのです。
決勝1回目から個性爆発 92.00点の高得点
山田選手は決勝の1回目からその個性を存分に発揮しました。通常とは逆の足を前に踏み切って前方宙返りを決めると、続いて後方宙返りを披露するなど、珍しい演技構成で審判員の心を掴みました。この独創的なルーティンは92.00点という高得点を記録し、表彰台への道を確実なものとしました。
試合後、山田選手は「本当に信じられない。ハイレベルな争いで表彰台に立ててうれしい」と喜びを語りました。五輪という大舞台にもかかわらず、緊張とは無縁の表情で競技に臨んだ様子が印象的でした。
高回転競争の時代にあえて異なる道を選択
現在のスノーボードハーフパイプ界では、いかに回転数を増やすかが重要なポイントとなっています。しかし山田選手はあえてその流れに逆行する選択をしました。「他の選手と同じような技をやっていても、面白くない」という信念を持ち、独自のスタイルを追求し続けてきたのです。
両親の影響で5歳でスノーボードを始めた山田選手。小学生の頃、地元の札幌に国内最大級のハーフパイプ場ができたことで、本格的に競技にのめり込むようになりました。しかし中学生の頃、コーチの指導の下で皆が似たような技の構成で滑っている現状に疑問を抱きます。「もっと自由に滑ってもいいんじゃないか」という思いが芽生えたのです。
怪我や評価されない時期を乗り越えて
独創性を求める道は決して平坦ではありませんでした。左手首や肩を骨折し、競技が嫌いになりかけた時期もありました。16歳からワールドカップで世界を転戦するようになると、表彰台に立つのはいつも高回転のトリックを出す先輩やライバルたち。自身の技がなかなか評価されないことも多かったのです。
それでも山田選手は「自分が満足する滑りをすることが最優先」という信念を貫き通しました。この姿勢がようやく実を結んだのは今シーズンでした。昨年12月にアメリカ・コロラド州で行われたワールドカップで初優勝を手にし、「完成度が高まりつつある」と手応えを語っています。
五輪でも貫いた「僕らしさ」
初の五輪舞台でも、山田選手は気負うことなく自分らしい滑りを披露しました。2月11日の予選では1回目にいきなり90.25点の高得点をたたき出し、日本勢2番手となる3位で決勝進出を決めていました。
「自分がやってきたことが五輪でしっかり評価してもらえた。スノボは自由なんだ、ということをみんなに知ってほしい」と語る山田選手。予選、決勝ともに独創的なルーティンで会場を沸かせ、「僕は僕らしく」というメッセージを世界に発信しました。
我が道を進み続けた先に、輝かしい銅メダルが待っていたのです。19歳の若きアスリートが、スノーボードの新たな可能性を示した歴史的な瞬間となりました。