母の言葉を力に、五輪舞台で輝いたジャンプのニューヒロイン
ミラノ・コルティナオリンピックで、スキージャンプ女子の丸山希選手(27)が見事な活躍を見せた。個人ノーマルヒルと混合団体でそれぞれ銅メダルを獲得し、15日(日本時間16日未明)に行われた個人ラージヒルでも8位に入賞するなど、日本選手団を牽引する存在となった。
「何かで一番をとりなさい」母の口癖が支えに
長野県野沢温泉村出身の丸山選手は、兄と姉を追ってジャンプを始めた。その成長を温かく見守ってくれたのが、母の信子さん(50歳で死去)だった。信子さんの口癖は「何かで一番をとりなさい」。この言葉が、丸山選手の競技人生の礎となった。
中学3年で全日本スキー連盟のジュニア強化指定選手に選ばれた頃、信子さんの体に異変が生じる。大腸がんのステージ3が判明したのだ。それでも母は娘のジャンプを応援し続けた。
高校3年での母の死と決断
2017年1月、高校3年生だった丸山選手に悲報が届く。ワールドカップ初出場を控えて札幌に遠征中、信子さんが亡くなったのだ。急いで長野に戻ると、父の守さん(61)から母の最後のメッセージが伝えられた。
「せっかくつかんだチャンスを無駄にしないでほしい」
この言葉を受け、丸山選手は葬式に参列せず、すぐに札幌へ戻ることを決断。母を見送りたい気持ちをこらえ、競技に専念する道を選んだ。
北京五輪直前の大けがと恐怖心との闘い
母の死後、「お母さんに、一番になったところを見せたい」という思いでジャンプに打ち込んできた丸山選手だが、2021年10月の全日本選手権で大きな試練に直面する。着地でバランスを崩して転倒し、左膝前十字靱帯を損傷する大けがを負ってしまったのだ。
このため北京五輪出場は叶わず、自宅のテレビで観戦するしかなかった。8か月間の厳しいリハビリを経てジャンプ台に戻ると、今度は着地への恐怖心が立ちはだかった。
遠くに飛んだ時は無意識にしゃがみ込んでしまうなど、心理的な壁を克服するためには、ひたすら練習を重ねるしかなかった。
技術革新と飛躍のシーズン
転機が訪れたのは昨シーズン終盤。コーチから「足の裏を意識してみない?」というアドバイスを受け、助走姿勢を見直したところ、世界選手権の個人ラージヒルで7位に入る成果を上げた。
この手応えを確信に変え、今シーズン前の夏場は足裏に体重をまんべんなく乗せる意識で助走姿勢を作り直した。その結果、昨シーズンまでワールドカップ個人戦で0勝だったのが、今シーズンは開幕から3連勝を含む6勝を挙げる大飛躍を遂げた。
五輪舞台での栄光と母への思い
ミラノ・コルティナ五輪では、個人ノーマルヒルと混合団体で銅メダルを獲得。15日の個人ラージヒルでは、会場で父の守さんが信子さんの遺影を胸に抱いて見守る中、8位に入る健闘を見せた。
競技後、丸山選手ははにかみながら語った。「まさか自分の子どもがメダリストになると母は思っていなかったと思うので、『メダル取ったよ』って帰ったら伝えたいです」
次なる目標に向かって
五輪でメダルを手にした今も、丸山選手の努力は止まらない。母がいつも口にしていた「一番」を目指し、さらなる高みを目指す決意だ。度重なる試練を乗り越え、母の教えを胸に刻みながらジャンプを続ける丸山選手の姿は、多くのファンに感動と勇気を与えている。