平野歩夢選手、ミラノ・コルティナ五輪で7位入賞 けが明けの攻め滑りに惜しみない拍手
ミラノ・コルティナオリンピックは14日未明(日本時間)、スノーボード男子ハーフパイプ決勝が行われ、福島県南会津町や猪苗代町のスキー場で練習を重ねてきた平野歩夢選手(27)が7位入賞を果たしました。4大会連続のメダル獲得はなりませんでしたが、けが明けを感じさせない攻めの滑りに、町民たちからは惜しみない拍手が送られました。
骨折からの驚異的復帰 決勝では大技成功も転倒で記録更新ならず
平野選手は1月中旬のワールドカップで複数箇所を骨折し、五輪出場が危ぶまれていましたが、驚異的な回復を見せました。12日未明の予選では、技の難度を抑えつつもハイレベルな滑りを披露し、25人中7位で決勝に進出。2022年北京五輪に続く連覇をかけた決勝では、2回目に大技「フロントサイドダブルコーク1620」を成功させ、86.50点を獲得しました。しかし、3回目は着地で転倒し、記録更新はならず7位に終わりました。
南会津町でパブリックビューイング 町民らが熱い声援
南会津町の「会津高原星の郷ホテル」ではパブリックビューイングが開催され、未明にもかかわらず約40人の町民が集まりました。平野選手の滑りを固唾をのんで見守り、2回目の大技が成功すると、「ナイス歩夢!」「よっしゃ!」と立ち上がって喜ぶ姿も見られました。
小学生時代を支えた79歳の恩人 借金してハーフパイプを作成
パブリックビューイング会場の最前列では、平野選手が小学4年から6年の頃に技を磨いた「会津高原南郷スキー場」の元スタッフ、酒井喜憲さん(79)が熱いまなざしで中継を見守りました。酒井さんは当時、小学生だった平野選手を自宅に泊め、スキー場まで送迎。さらに、借金をしてまでハーフパイプコースを作り上げるなど、選手たちを支えてきました。2014年ソチ五輪で銀メダルを獲得した平野選手から直接感謝されたことが忘れられないと語ります。
その後は対面する機会がほとんどありませんでしたが、酒井さんは現在に至るまで平野選手を「孫みたいな存在」として見守ってきました。決勝後、酒井さんは「あれだけ大きなけがの後で命がけで挑んだはず。普通は考えられないことを歩夢はやってのけた」と目を潤ませ、その健闘を称えました。
猪苗代町の和菓子店店主も感動 チャレンジ精神に称賛
平野選手は中学1年から約1年間、猪苗代町の沼尻スキー場でも練習に励みました。練習終わりによく立ち寄った和菓子店「日乃出屋」の3代目店主、福地顕さん(56)も決勝をテレビ中継で見て、「チャレンジ精神の高さに感動した」と語りました。平野選手は看板メニュー「天ぷらまんじゅう」のこしあん味が好物で、来店するたびに黙々と味わっていたそうです。福地さんは「また福島に来る機会があれば、当時よりおいしくなった天ぷらまんじゅうを食べてほしい」と温かいメッセージを送りました。
このように、平野歩夢選手の活躍は、地域の人々の長年にわたる支援と愛情に支えられています。けがからの復帰と挑戦的な滑りは、多くのファンに勇気と感動を与えました。