能登半島地震と豪雨を経て 東雅彦さんが撮る「家族の尊さ」と故郷輪島の今
能登の被災地で撮る家族の尊さ 東雅彦さんの写真プロジェクト

災害を経て気付いた家族の絆 故郷の姿を写真に残す

能登半島地震と奥能登豪雨という二つの大災害に襲われた石川県輪島市町野町。その地で今、同町出身の現代美術家・東雅彦さん(48)がカメラを手に、変わりゆく故郷の姿と人々の表情を記録し続けている。東京・世田谷区在住の東さんは、子どもの頃に慣れ親しんだ場所が失われていく現実に向き合いながら、「写真に撮っておきたい」という強い思いを胸に、地元での撮影活動を続けている。

幼なじみのスーパーで撮影 家族一緒の機会の貴重さ

今年1月22日、東さんの姿は町野町の「もとやスーパー」にあった。ここは社長の本谷一知さん(48)が営む店で、東さんとは1学年違いの幼なじみだ。本谷さんをはじめ、父の一郎さん(77)、母の理知子さん(75)、次男の悠樹さん(20)、そして「地震の後も苦楽を共にしてきた」という従業員の朝川英則さん(48)と松谷絵理香さん(36)も集まった。

本谷一知さんは「家族一緒に写真を撮る機会なんて普段ないから、うれしい」と語る。東さんはスーパーを背景に、解体工事中の旧館(かつて1階が家電店「電遊館」、2階が本谷家の自宅だった建物)も含め、何カットも撮影した。

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電遊館にはかつてゲームコーナーなどもあり、子どもたちのたまり場になっていた。東さんは「学校帰りに毎日のように立ち寄り、理知子さんにお菓子をもらった記憶もある。大切な場所がなくなると知り、写真を撮っておきたいと思った」と説明する。

自然界から教えられた無力感 そして家族の尊さへの気付き

市内の高校を卒業後、上京した東さんは26歳から写真の世界で活動を始めた。能登半島地震が発生した2024年元日、彼は実家に帰省中だった。車で移動中、周囲の家々は倒壊し、がれきの中から助けを求める人々の声が聞こえた。

「何もできなかった。自分がいかに無力でちっぽけか、自然界から教えられた」と東さんは振り返る。しかし、数カ月後、普段は帰ってこない人々も地元に戻ってきた。彼は「家も仕事もなくなってしまったけど、皆、家族の尊さに気が付いた」と思い至った。

家族の肖像写真プロジェクト 母校の児童たちも撮影

この気付きから、東さんは「家族の肖像写真撮影プロジェクト」を2024年8月、2025年11月、そして今年1月に開催。被災した家族の絆を写真に収めている。さらに、4月から東陽中学校と統合して東陽小中学校になる母校の町野小学校にも毎月足を運び、児童たちを撮影している。

東さんはいずれ東京や金沢で写真展を開くことを検討している。「写真撮影のワークショップも町野でやりたい。文化や美術の視点から海外を含めて人を呼び、新しい形の奥能登をつくっていければ。それが復興につながればいい」との願いを口にした。

復興への願いを込めて 写真が伝える能登の現状

東雅彦さんの活動は、単なる記録を超え、被災地の現状を広く知らしめ、復興への道筋を示す試みでもある。彼のカメラが捉えるのは、失われつつある風景だけでなく、災害を経て強まった家族の絆、そして未来への希望だ。

能登半島地震と豪雨という試練を乗り越え、人々が気付いた家族の尊さ。東さんの写真は、その尊さを静かに、しかし力強く伝え続けている。

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