沖縄の幼稚園で不発弾事故から52年、平和を祈る日で園児らが犠牲者を追悼
那覇市の聖マタイ幼稚園近くの工事現場で、沖縄戦時の不発弾が爆発し、3歳の女児を含む4人が死亡した事故から、52年となる2026年3月2日、沖縄県豊見城市に移転した同園で、犠牲者を悼む「平和を祈る日」が開かれました。園児ら約100人が参加し、慰霊碑の前で冥福を祈る厳かな式典が行われました。
事故の詳細と背景
この悲劇的な事故は、1974年3月2日午前11時20分頃に発生しました。当時、幼稚園ではひな祭りに合わせたお遊戯会が開催されており、砂場で遊んでいた園児の妹も命を落とすなど、地域に深い傷跡を残しました。不発弾は沖縄戦の名残であり、戦後も続く危険性を浮き彫りにしています。
平和を祈る日の様子
式典は、同園敷地内に建立された慰霊碑前で執り行われ、牧師の仲宗根遼祐さん(33歳)が事故について園児たちに説明しました。仲宗根さんは、「終わった後もたくさんの人を悲しませるのが戦争」と語りかけ、戦争の悲惨さを分かりやすく伝えました。その後、園児たちと共に、「世界中の人々が毎日を笑顔で平和に過ごすことができますように」と願いを込めて祈りを捧げました。
このイベントは、単なる追悼を超え、次世代への平和教育としての役割も果たしています。園児たちは、慰霊碑の前で真剣な表情で話を聞き、戦争のない世界を願う思いを新たにしました。沖縄県では、不発弾処理が継続的に行われていますが、この事故はその重要性を改めて想起させる出来事となっています。
聖マタイ幼稚園の関係者は、今後も毎年この日を平和を祈る日として継続し、犠牲者の記憶を風化させない取り組みを続けていく方針です。地域社会からも、このような活動を通じて、戦争の教訓を未来に伝えることへの支持が寄せられています。



