「出向」のイメージが変わる 中小企業で広がる新たな人材育成手法
かつて「子会社への片道切符」といったネガティブな印象を持たれがちだった「出向」が、今、中小企業において革新的な人材育成手法として注目を集めています。新型コロナウイルス感染症の拡大下における雇用維持策として活用が進んだことを契機に、その活用の場は大きく広がり、現在では他社での実践的な修業を通じて社員の能力開発を図る「在籍出向研修」が各地で導入されるようになりました。
宮崎の葬儀社で実践 ホテル業界での異業種研修
宮崎市において斎場を4カ所経営する「ふじもと美誠堂」では、昨年5月から7月にかけて、33歳の前田朋樹課長が福岡市の「ホテルニューオータニ博多」へ在籍出向を実施しました。前田さんは入社7年目を迎え、葬儀の日程調整や社員配置の管理を担当する課長として10人の部下を率いていましたが、業務上の相談に乗る中で、年上の部下もいることから「もう少し人生経験を積みたい」と感じていたといいます。
そんな折、同社の藤元丈生専務(34)から、会社に籍を残しながら他社で学べる在籍出向への参加を打診され、前田さんはこの機会を引き受けることにしました。藤元専務が在籍出向の検討を始めたのは、コロナ禍で需要が急減した大手航空会社が客室乗務員の雇用を守るためにこの制度を活用していた時期に遡ります。この事例に触発され、自社でも新たな人材育成の手法として導入を決断したのです。
コロナ禍が転機 多様化する出向の活用方法
コロナ禍を経て、在籍出向の活用方法は大きく多様化しています。当初は緊急的な雇用維持策として注目されましたが、現在では社員のスキルアップや視野拡大を目的とした研修プログラムとして定着しつつあります。特に中小企業においては、限られたリソースの中で効果的な人材育成を実現する手段として、この手法への関心が高まっています。
さらに、約2年前に発生した地震と豪雨からの復興に取り組む能登半島地域でも、在籍出向の新たな活用方法が始まっています。被災地の企業再生や地域経済の活性化を目的として、異業種間での人材交流が進められており、従来の枠組みを超えた協力関係の構築が期待されています。
従業員20人規模の小さな会社から広がる波
ふじもと美誠堂のように従業員20人ほどの小規模な企業でも、在籍出向を積極的に活用する動きが広がっています。この背景には、変化の激しいビジネス環境に対応するため、多様な経験を持つ人材の育成が急務となっている現状があります。他社での実践経験を通じて得られた新しい視点やスキルは、自社の業務改善やイノベーションの創出にもつながることが期待されています。
従来の出向制度とは異なり、在籍出向研修では派遣先での経験を自社に還元することが明確に意識されています。前田さんの場合、ホテル業界で学んだ接客スキルやマネジメント手法が、葬儀サービスにおける顧客対応やチーム運営にどのように活かせるか、具体的な応用方法を模索しています。
今後の展望と課題
在籍出向研修の普及には、いくつかの課題も存在します。まず、中小企業にとっては派遣期間中の人員不足や業務負担の増加が懸念されます。また、受け入れ先企業との調整や、研修内容の設計にも時間と労力が必要です。さらに、出向から戻った社員が得た経験をどのように組織内で共有し、活かしていくかという点も重要な検討事項となっています。
それでも、「可愛い社員には旅をさせよ」という言葉のように、若手社員に様々な経験を積ませることが長期的な企業成長につながると考える経営者は少なくありません。在籍出向は、単なる人材派遣ではなく、社員の成長と会社の未来を拓く投資として位置づけられつつあります。
今後も、中小企業を中心とした在籍出向研修の活用事例は増加していくことが予想されます。この動きが、日本の労働市場における人材育成の新たな標準となり、より多様で柔軟なキャリア形成の機会を提供していくことが期待されています。



