赤字に苦しむローカル鉄道、維持へ財源は足りるのか?上下分離方式と交通税の課題
赤字に苦しむローカル鉄道、維持へ財源は足りるのか?上下分離方式と交通税の課題

赤字に苦しむローカル鉄道、維持へ財源は足りるのか?

赤字に苦しむ各地のローカル鉄道では、駅や線路といった施設の保有を自治体に任せ、鉄道事業者は運行に専念する「上下分離方式」の導入議論が続いている。事業者は路線を存続し、経営を安定させられる一方で、自治体が維持管理などで巨額の費用を担う。こうした鉄路への支援は、人口減少時代に地方の足を守る切り札となるか。西日本の事例を追った。

近江鉄道の成功事例

その走行音から「ガチャコン電車」と親しまれた近江鉄道(滋賀県彦根市)は2024年、県と沿線10市町の支援で上下分離に移行した。31年ぶりに営業赤字を解消した初年度以降、再出発は順調に滑り出したように見える。

移行に際し、同社は駅や線路、車両などを自治体側に無償譲渡。自治体側は10年間に116億円を負担する計画で、設立した一般社団法人の管理機構が施設の更新や修繕などを担う。同社は鉄道事業で黒字が出れば機構に還元し、災害時などに使える基金として積み立てる仕組みだ。

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輸送人員の増加

輸送人員は目標だった473万人を移行初年度で超え、2025年度は1983年度以来の500万人に迫る497万人。鉄道事業は2024年度5200万円、2025年度6800万円(見込み)の営業利益を計上し、法人税分を除いて機構への支払いが可能となった。

地域との連携

その原動力は沿線の住民や企業と近年進める「にぎわい創出」の試みだという。入社2年目の田中陽満莉さん(23)は5月初旬、彦根市で喫茶店を営む馬場理子さん(59)の元を訪ねた。今春から若手チームで手分けし、同社の会員組織を支える協賛事業者や地域団体約100か所を個別に訪問。意見やアイデアを今後の新規事業に生かしたいという。

意見交換会、駅の清掃活動、盛り上げのイベント……。地域に軸足を置いたこれまでの試みは、経営難と人員削減で地域との接点が薄れたという反省からだ。田中さんは「地域貢献の仕事がしたい」と同社を選んだ一人でもある。

沿線人口は約50万人。同社は元々乗客の3分の2が定期を使う安定感が強みだが、企業や学校への働きかけに一層力を入れた。ダイヤ改正では沿線企業の要望を反映させ、「地酒電車」運行やツアー企画などで需要創出も図る。

馬場さんはイベントや駅の活用などに触れつつ、協賛店として協力を約束した。「近江鉄道は私たちに『あって当たり前』の存在。頑張って街に活気を生み出してほしい」

近江モデルの特徴

「近江モデル」の特徴は何か。藤井高明社長は「沿線自治体の理解で、危機的な状況に陥る前に手を打てたことが大きい」と語る。

廃線覚悟で同社が行政に支援を求めたのは2016年。鉄道事業は1994年度以来赤字で施設の老朽化が進んでいたが、バスや観光など他事業を含めた経営全体での余力はあった。それでも自治体側が支援に傾いたのは、廃線となった場合に必要な医療、福祉などの行政サービスの費用が、路線維持にかかる費用を上回るという「クロスセクター効果」の算出結果が大きかった。

現在、上下分離の効果と言えるのが、3月の交通系ICカード「ICOCA」導入だ。利便性向上に加え、無人駅を含むデータの分析でダイヤ編成を誘客に生かせる。大人の同伴を見込み、ICOCAを使う子どもを対象に「乗車1回10円」というサービスも始めた。

ただ今後は資材高騰の影響が予想され、地域人口はいずれ確実に減る。赤字転落、さらなる行政負担とは常に背中合わせだ。2021、22年には負傷者がなかったとはいえ、軌道整備や運行判断などが問題となる脱線事故が発生しており、安全運行という大前提の使命も重くのしかかる。

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藤井社長は「上下分離で生まれた力を地域経済への還元と安全の徹底につなげたい。行政、地域と常に同じ方向を向き、公的な支援に納得感を得られるよう努力を続けなければ」と強調した。

赤字脱却できず、行政負担が膨らむ例も

上下分離後も赤字体質を脱却できず、行政の負担が膨らむ例は少なくない。

2009年に導入した鳥取県の若桜鉄道は観光列車の活用などで話題を集めるが、経営は綱渡りだ。2024年度は65万円の黒字を確保したものの、施設や用地を保有する若桜、八頭両町など行政の負担額は2025年度計2億8000万円。維持や補修などの費用は増加傾向をたどっている。

2013年の移行後も利用が伸び悩む滋賀県の信楽高原鉄道は、2023年度から10年間で23億円の行政負担を見込む新たな計画期間に入った。和歌山電鉄貴志川線では、2016年から行政が施設を保有しないで補助する「みなし上下分離」方式を採用してきたが、赤字に歯止めはかからず、2028年に完全な上下分離に移行するという。

存廃論議が浮上しているJR芸備線の一部区間(広島県庄原市―岡山県新見市)を巡っては、JR西日本が路線存続時の選択肢に上下分離や第3セクター化を挙げている。これに対して自治体側からは、JR西には大都市で稼いだ利益があるとの現状認識から「費用負担を自治体に付け替えるのは適切ではない」(横田美香・広島県知事)といった発言も出ている。

国が議長役となり、鉄道事業者と沿線自治体などが話し合う全国初の「再構築協議会」開始から2年。今年度中には列車増便やバス運行などの実証事業を踏まえて結論をまとめる方針だが、着地点はまだ見通せそうにない。

交通税の議論

地域の公共交通網を支えるための財源は今のままで足りるのか。一石を投じるのは、滋賀県の三日月大造知事が提起している「交通税」の議論だ。鉄道の経営支援は対象外としているが、新たな税負担への反対論も根強く、現在は「交通税」の名を封印したうえで「慎重に検討を続ける」とする。県は来年度以降に税制審議会の最終答申を得る予定で、当面は県民との対話集会などを通して使い道に関する議論を深めたいという。

ローカル鉄道のあり方を議論してきた国土交通省の有識者検討会は4月、安定的な財源確保に向け、幅広い受益者に負担を求める仕組みの導入を検討するよう提言した。鉄道ネットワークの維持について、国の責任の明確化を求める地方の声を受けた内容だが、具体化へのハードルは高い。滋賀県で進む議論と合わせて、国の対応が注目される。

市民生活の向上目標に 土井勉氏

2018年から近江鉄道の存廃について沿線自治体などが議論した会議で座長を務めた一般社団法人・グローカル交流推進機構の土井勉理事長に、鉄道ネットワークの将来像について聞いた。

鉄道は道路や河川同様、市民生活を支える重要な社会基盤だが、日本では長く鉄道事業者が自らインフラを保有し、黒字を出すことが求められる風潮があった。上下分離方式の広がりは、こうした発想の転換が進んできたことを示しているのではないか。

重要なのは、ゴールを不採算路線の「延命」ではなく、その先にある市民生活の向上に置くことだ。限界まで事業者に我慢をさせるより、行政の支援で利用促進のために力を振り向けたほうがいい。駅前整備、観光開発など地域の将来像を考える契機にもなる。早い段階での「ギブアップ宣言」で住民や自治体との対話が進んだ近江鉄道は、全国の先導モデルとなるだろう。

人口減少が進めば、不採算路線の選別は不可欠となってくるが、国土軸としてつながることで機能が発揮される路線もある。地方は住民の合意形成と判断に責任を持ち、国家形成に必要なネットワークと国が考えた路線については国が責任を負うべきだ。地域交通網を維持する財源の問題を含めて、国民的な議論は待ったなしの状態に来ていると言える。

上下分離方式とは

上下分離方式は欧州では主流で、国土交通省によると、現在は国内28事業者が採用する。神戸高速鉄道など都市鉄道の整備に伴って導入された例もあるが、2008年施行の改正地域公共交通活性化・再生法で赤字路線の再建策として盛り込まれた。今年4月にはJR北海道が赤字8区間について、沿線自治体に導入を提案すると発表し、波紋を広げている。

人口減に歯止めがかからず、地方は働き手不足と地域経済や公共交通網の衰退、行政サービスの低下などに直面しています。各地で進む様々な取り組みの中から、一歩前へのヒントを探ります。原則、隔月で掲載します。次回は7月16日の予定です。