美智子さまが観客と一体に 長野パラリンピックで両手を挙げてウェーブに参加
美智子さまがパラリンピックで観客と一体に 両手挙げてウェーブ

美智子さまが観客と一体に 長野パラリンピックで感動のウェーブ参加

1998年3月11日、長野冬季パラリンピックの競技会場で、貴賓席にいた美智子さま(当時は皇后さま、現上皇后さま)が、観客席から起こったウェーブの輪に加わり、両手を高く上げて参加する姿が大きな感動を呼んだ。この瞬間、会場には大きな歓声が広がり、隣にいた上皇さま(当時は天皇陛下)もほほえみながら見守っていた。

アジア初の冬季大会で日本選手が活躍

同大会はアジアで初めて開催された冬季パラリンピックとして歴史的な意義を持っていた。上皇ご夫妻は大会競技を観戦するため、3月11日から12日にかけて長野を訪問。最初の観戦競技は、長野市のエムウェーブで行われたアイススレッジスピードレースだった。

この日は日本選手が次々とメダルを獲得する活躍を見せ、選手がリンクを回ってウィニングランを行うたびに、観客席からは自然と大きなウェーブが起こった。その熱気あふれる光景の中で、美智子さまは近くにいた日本身体障害者スポーツ協会会長(当時)の北郷勲夫さんに「これは何なのでしょう」と質問したという。

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「どうかしてこれをつなげなければ」との思い

北郷さんがウェーブが選手へのエールを送る意味だと説明すると、美智子さまは隣の上皇さまに目配せをしたように見え、次のウェーブの波が来た際に、自ら輪に加わって両手を上げた。この瞬間、観客席からはどっと歓声がわき上がり、ウェーブはさらに続いていった。

美智子さまは7カ月後の誕生日に公表した文書で、この時の様子を〈ウエーブのこと〉と題して振り返っている。そこには「ウエーブは、見るのもするのも始めてのことでした。不思議な波が、私たちの少し前で何回かとまり、左手の子供たちが、心配そうにこちらを見ておりましたので、どうかしてこれをつなげなければと思い、陛下のお許しを頂いて加わりました」と記されていた。

演奏する生徒たちの姿にも心動かされる

さらに美智子さまは「私自身は、その後波が半周し、向かい側の吹奏楽団の生徒たちが、チューバやホルンをもってとびはねたのが面白く、もっと見たくて、次の何回かの波にも加わりました」と続け、観客と一体となった喜びを率直に表現している。

このエピソードは、皇室が障害者スポーツへの理解と支援を深め、国民と共に感動を分かち合う姿勢を示す象徴的な場面として記憶されている。上皇ご夫妻は長年にわたり障害者スポーツへの関心を寄せ続け、多くの競技大会を観戦して選手たちを励ましてきた。

1998年の長野冬季パラリンピックは、アジア初開催という歴史的意義に加え、皇室と国民がスポーツを通じて心を通わせた貴重な瞬間を生み出した。美智子さまが観客のウェーブに加わり、両手を上げて笑顔を見せた姿は、今も多くの人々の心に温かい記憶として刻まれ続けている。

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