親鸞上人の国宝経典注釈書、60歳以降も加筆続く…「35歳完成」説を覆す新事実
浄土真宗の宗祖・親鸞(しんらん)の自筆による国宝の経典注釈書「観無量寿経註(かんむりょうじゅきょうちゅう)」と「阿弥陀経註」について、親鸞が60歳を超えてからも加筆を重ねていたことが、専門家の詳細な調査により明らかになった。これまで、これらの注釈書は親鸞が35歳頃までに完成したと考えられてきたが、今回の発見はその通説を大きく覆すもので、親鸞研究に新たな光を当てる画期的な成果として注目を集めている。
従来の説を覆す引用文の特定
両注釈書は、親鸞が師である法然(ほうねん)の教えを受け継ぎ、経文が書かれた紙の余白部分に、中国から伝来した注釈書の内容や、系統の異なる本文の文言などを書き込んだものだ。出典は「有本」や「或本」などと記されているだけで、具体的にどの書物を参照したのかは長年未解明のままであった。
近年、古い経典の公開や流布年代に関する研究が進展したことを受け、龍谷大学非常勤講師の深見慧隆氏(仏教学)が、親鸞が生きた時代に日本国内で流通していたとされる関連書約70冊と、両注釈書の内容を一言一句詳細に比較し、出典の特定を試みた。
その結果、親鸞が60歳や79歳の時に日本で刊行された書物と一致する文言を確認。筆跡などの分析から、これまで35歳頃までに完成したとされてきた通説を覆し、親鸞が後年まで継続的に手を加えていた事実が判明した。
流罪中の困難を乗り越えた研究姿勢
最も古い引用としては、親鸞が39歳の時に中国・宋から輸入されたとされる書物からのものが見つかった。しかし、当時の親鸞は流罪に処され越後(現在の新潟県)にいたため、新しい仏典に接する機会はほとんどなかったと推測される。深見氏は、書き始めを赦免されて関東に移った42歳以降と指摘し、「法然が亡くなった後も、経典を正しく理解しようと研究を続けた学問僧としての親鸞の姿が鮮明に浮かび上がる」と語る。
深見氏は、両注釈書を所蔵する西本願寺の協力を得て、科学分析も実施しており、近く学会などで詳細な成果を発表する予定だという。
専門家も評価する研究の意義
国際仏教学大学院大学の落合俊典教授(仏教学)は、この研究について次のようにコメントしている。「今回の調査から、親鸞が何十年にもわたって正確な経典本文を見定めようと努力していた様子が窺える。自伝などが残されていない親鸞の研究において、新たな糸口となる重要な発見だろう」
この発見は、親鸞が単に若年期に著作を完成させただけでなく、生涯を通じて学問と向き合い続けた姿勢を裏付けるもので、仏教史における新たな洞察を提供するものと期待されている。



