滋賀県甲賀市信楽町で1991年に発生した信楽高原鉄道(SKR)とJR西日本の列車正面衝突事故から14日で35年となり、現場近くの慰霊碑前で犠牲者を悼む追悼法要が営まれた。この事故では42人が死亡、628人が負傷した。
追悼法要の模様
法要には遺族や両社の関係者ら21人が参列。黙とうをささげた後、遺族2人に続き、SKRの正木仙治郎社長、JR西日本の倉坂昇治社長、三日月大造滋賀県知事、岩永裕貴甲賀市長らが碑に献花した。事故発生時刻の午前10時35分過ぎには、僧侶の読経の中、SKRの列車が哀悼の意を表す汽笛を鳴らして現場を通過した。
両社長の誓い
SKRの正木社長は追悼文で「お客さまに当たり前の安心、安全を提供することにより地域から愛され、暮らしや産業を支える公共交通機関として走り続ける覚悟だ」と述べた。JR西の倉坂社長は「社内では社員の世代交代が進み、事故を風化させないことの重要性を強く認識している。いっそう力を入れて事故の事実や反省、教訓を後世に継承し続けていく」と誓った。
事故の概要
事故は1991年5月14日、SKRの普通列車と、開催中だった「世界陶芸祭」のために乗り入れていたJR西の臨時快速列車が正面衝突。乗客ら42人が死亡し、628人が負傷する大惨事となった。以来、両社は安全対策の強化と教訓の伝承に取り組んでいる。
参列した遺族の一人は「35年経っても悲しみは変わらない。二度と同じような事故を起こしてほしくない」と語り、安全への強い思いを新たにした。



