乳幼児頭部外傷事件で相次ぐ無罪判決 診断と捜査の在り方に疑問
2026年4月15日、宇都宮地方裁判所で下された一つの無罪判決が、医療と司法の狭間で揺れる深刻な問題を改めて浮き彫りにした。生後7カ月の長男を傷害致死の容疑で起訴された27歳の父親に対し、裁判所は無罪を言い渡したのである。宇都宮地方検察庁は控訴期限までに上訴せず、この無罪判決が確定した。
突然の悲劇と2年後の逮捕
事件は2018年の春に遡る。当時19歳だった宇都宮市在住の男性は、長男と添い寝をしながら布団で眠りについていた。午前6時頃、飲食店での夜勤から帰宅した妻が、息子の呼吸が止まっていることに気付き、慌てて119番通報。男性は必死に心臓マッサージを続けたが、病院に搬送された長男は間もなく死亡が確認された。
突然の逮捕はそれから2年後の2020年5月に起こった。長男の死因が「びまん性脳損傷」と診断され、男性による「揺さぶり」などの暴行が疑われたためである。当時、長男と一緒にいたのが男性だけだったという状況も、容疑を強める材料となった。
証拠不十分で釈放、しかし…
男性は一貫して容疑を否認し続けた。妻も警察の取り調べで「夫は長男をとても可愛がっていた」「暴力など考えられない」と証言していた。その結果、男性は翌月に処分保留で釈放され、一見すると捜査は終結したかに見えた。
しかし、この事件は「虐待による乳幼児頭部外傷」(AHT)が疑われる事例の一つに過ぎない。近年、同様のケースで無罪判決が相次いでおり、医学的診断と法的判断の間に大きな隔たりがあることが指摘されている。
専門家の指摘
実践女子大学教授で科学技術社会論が専門の佐倉統氏は、この問題について次のようにコメントしている。
「この件に限らず、検察による捜査や裁判において、専門的な知見の取扱いに疑問を感じることがときどきある。法的な因果関係の判定が、医学を含む科学的因果関係と別のものであって良いとは思えないし、法的因果関係が科学的因果関係より優先されるのもおかしい」
佐倉氏の指摘は、乳幼児の頭部外傷をめぐる診断が、依然として確立された医学的コンセンサスに欠ける部分があることを示唆している。特に「揺さぶり症候群」と呼ばれる症状については、その診断基準や因果関係の証明が難しい場合が多い。
相次ぐ無罪判決の背景
近年、類似の事件で無罪判決が相次いでいる背景には、以下のような要因が考えられる。
- 医学的証拠の解釈をめぐる専門家間の意見の相違
- 捜査段階での証拠収集の不十分さ
- 乳幼児の傷害事例における因果関係の証明の難しさ
- 虐待嫌疑がかかった場合の社会的偏見とプレッシャー
これらの要素が重なり、無実の親が長期にわたる捜査と裁判の負担に苦しむケースも少なくない。実際、別の事件では勾留期間が3年半に及んだ母親が無罪判決を受けた例も報告されている。
今後の課題
乳幼児の頭部外傷をめぐる問題は、単なる個別の事件を超え、以下のような社会的課題を提起している。
- 診断基準の明確化:医学的コンセンサスに基づく確かな診断手法の確立
- 捜査手法の見直し:科学的証拠を適切に評価する捜査体制の構築
- 司法と医学の連携強化:専門家の知見を裁判で適切に活用する仕組み
- 社会的支援の充実:嫌疑がかかった家族に対する心理的・法的支援
宇都宮の父親の無罪確定は、これらの課題が未解決のままであることを改めて示す事例となった。子どもの安全を守りながらも、無実の親を不当に苦しめないためには、医学と司法のより緊密な連携が不可欠である。



