日野町事件、死後13年で再審の扉開く 隠し録音が明かす「娘のための虚偽自白」
1984年に滋賀県日野町で酒店経営の女性(当時69歳)が殺害され、店の金庫が奪われた「日野町事件」において、強盗殺人罪で無期懲役が確定した阪原弘(ひろむ)元被告(故人)について、最高裁第二小法廷(岡村和美裁判長)は再審の開始を認める決定を下しました。この決定により、死後13年を経て司法の見直しが正式に開始されることとなりました。
隠し録音テープに残された衝撃の証言
事件の核心を握るのは、弁護士が警察署の接見室で密かに録音した25分間のカセットテープです。録音された男性の声は少しかすれながらも、切実な心情を語っています。
「わしも娘がかわいい。それまでなんぼ拷問受けても、そればっかりはしてないさかいに……。娘のこと言われたときには、もうそれに応じなしゃあないと」
この男性こそ、阪原弘元被告でした。アクリル板を隔てて弁護士と向き合う中で、彼はやってもいない強盗殺人を娘のために認めたと説明しています。弁護士が「強盗殺人やぞ。『自分が真犯人です』と言うたら、娘の立場はどうなるんや」と問い詰めると、阪原氏は「うそでも言うた限りは、そのように私はしていかなしゃあないと」と応じました。
事件の背景と捜査の経緯
日野町は滋賀県南東部、三重県と分かつ鈴鹿山脈のふもとに位置する人口2万人余りの小さな町です。かつて近江商人が行き交ったこの町の外れに、事件の舞台となった「ホームラン酒店」がありました。店主の池元はつさん(当時69歳)は高齢の叔母と暮らしながら店を切り盛りしており、地域から慕われる存在でした。
女性殺害と金庫強奪という凶悪事件発生後、捜査は難航を極めました。しかし、阪原氏が自白に至った経緯には重大な疑問が残されています。朝日新聞取材班は約1千点の事件記録を精査し、約50人の関係者への取材を実施。その結果、捜査と裁判の過程に多くの問題点が浮かび上がりました。
再審への長い道のり
阪原氏は無期懲役が確定した後も裁判のやり直し(再審)を求め続けましたが、弁護士との接見から23年後の2011年、無期懲役囚のまま75歳で亡くなりました。その後も遺族や弁護団が再審請求を続け、今回の最高裁決定に至りました。
大津地裁と大阪高裁は既に元被告の裁判をやり直す司法判断を示しており、最高裁での審理が続いていました。今回の決定は、日本の司法史上でも稀な死後再審の事例として注目を集めています。
冤罪防止への教訓
この事件は、虚偽の自白がどのようにして生まれ、無実の人間が長期にわたって収監されることになるのかという深刻な問題を浮き彫りにしています。密室での取り調べ、家族を盾にした心理的圧迫、そして自白調書偏重の捜査手法――日野町事件は、過去の刑事司法が抱えていた構造的問題を象徴するケースと言えるでしょう。
現在では裁判員制度の導入や取り調べの可視化(録画)など、捜査の透明性を高める改革が進められています。しかし、この事件が起きた40年前は、冤罪が生まれやすい環境が存在していたことも事実です。再審の審理を通じて、事件の全容解明と共に、将来の冤罪防止へ向けた貴重な教訓が得られることが期待されています。



