東村山市立秋津小学校の児童たちが、市内にあるハンセン病の国立療養所多磨全生園の立体地図を作り上げた。怒り、悲しみ、望郷、差別、そして生きる喜び――。園に足を運び、そこで暮らす回復者の話を聞き、園の過去を想像し、現在を見詰め、未来を考えた。テーマは「わたしたちはどう生きるか」だ。
立体地図に込めた思い
幅2メートル、奥行き1.4メートルほどの立体地図には、園で暮らした子どもたちの学校で2008年に解体された「全生学園」の模型も再現された。先生は白衣にマスク姿で、脇には1979年の閉校時に作られた「出発」の碑がある。望郷の思いから患者たちが植えたそれぞれの故郷の県木は、一本一本が異なる表情を見せる。
患者の後ろを職員が消毒して歩く様子は、今も園で暮らす回復者の平野智さん(87)に聞いたエピソードを形にしたものだ。1950年代の地図を土台にしつつ、学習で知ったことや感じたことを全て詰め込んだ。
授業の背景
立体地図を作ったのは、2025年度の6年生(今春卒業)だ。3クラスが図工と総合的な学習の時間に取り組んだ。ハンセン病問題を学ぶ際の方向性を決めたのは、図工の岩尾卯野教諭(29)の考えだった。「自分の中のどろどろとした感情と向き合って、表現してほしい」との提案に、6年担任の伊藤李教諭(38)も「ハンセン病問題を学んでも『ひどい』『かわいそう』止まりで、子ども同士のからかいが起きる。踏み込んで考えさせたい」と同意。テーマを「わたしたちはどう生きるか」に決めた。
正解を教えるのではなく
2025年8月、「人権とは何か」と“正解”を教えるのではなく、旧らい予防法ができた1930年代の市民感情の追体験から授業を始めた。病名を伏せてハンセン病の症状の写真を見せ、「感染する病気と分かったらどうする?」「友だちが感染して会っちゃ駄目と言われたら?」と児童たちに問いかけた。
園内にある国立ハンセン病資料館を含め、全生園を2回見学。平野さんの体験談も聞いた。「療養所で欲しかったものは」との質問に、平野さんは「手に入らないから欲しいと思わないようにしていた」と淡々と語り、強制的な隔離生活の過酷さを子どもたちに突きつけた。
制作過程と子どもたちの変化
立体地図は、クラスごとにリレー形式で2巡して制作した。初めは建物中心だったが、2回目の全生園訪問後の2巡目で、子どもたちは脱走する患者や教会を作り始めた。岩尾教諭は「子どもたちの中で『ただの場所』に意味が生まれていた」と指摘する。
その後、子どもたちは美術作家らの協力を得て、グループごとにハンセン病問題に関連するアート作品も制作。年度末の学習発表会では、保護者らに作品を披露し、「何げない日常はとてもすてきと考えるようになった」「理不尽なルールをそのままにしないようにしたい」などと思いを語った。
伊藤教諭は「作品制作で実際に手を動かすことで、故郷に帰れないつらさなどを深く学べた」と振り返る。岩尾教諭は「表現することで『自分は何を感じるのか』といった問いを重ね、世界の見え方が少し変わってくれたら」と力を込めた。



