福岡県岡垣町の静かな住宅街に、ひっそりと佇む小さなコーヒー店がある。その店を営むのは、小児がんを経験し、今も闘病を続ける伊賀崎莉久さん(34)だ。度重なる再発や転移に直面し、先の見えない日々を送っていた時、一杯のコーヒーとの出会いが心の支えとなった。伊賀崎さんは「僕のコーヒーを片手に気軽に話して、同じような境遇にある人がちょっとでも元気になってくれたらうれしい」と語り、その願いを胸に今日も店に立ち続けている。
名物「3段ドリップ」で届ける深みのある一杯
伊賀崎さんが丁寧にドリッパーに湯を注ぐと、コーヒーの豊かな香りが店内に広がる。名物の「3段ドリップ」は、豆を入れた三つのドリッパーを3段重ねにして抽出する独自の方法だ。これにより、うま味が凝縮され、さっぱりとしながらも深みのある味わいを楽しめる。伊賀崎さんは「見て飲んで楽しい記憶に残る一杯」と胸を張り、味へのこだわりを強調する。
店名「Laugh」に込められた思い
自宅の車庫を改装し、昨年6月にオープンさせた店の名前は「Laugh(ラフ)」。英語で「笑う」を意味する言葉に、和製英語の「ラフ(気軽に)」のニュアンスも加え、「気軽に立ち寄ってもらい、幸せな気持ちになってほしい」との願いが込められている。隠れ家的な雰囲気と丁寧なサービスが、地域の人々を引きつけている。
度重なる再発と転移との闘いの軌跡
伊賀崎さんは山口県周南市の出身で、小学1年生の時に左のそけい部(太ももの付け根)に痛みを感じ、翌年、北九州市の病院で手術を受けた。診断は年間70人ほどしか発症しない希少がん「滑膜肉腫」だった。院内学級で学びながら、抗がん剤治療や末梢血幹細胞移植などを経験。気持ちの悪さやひどい腹痛に悩まされる日々が続き、両親が全ての治療に付き添うのは難しく、さみしさや体力的なつらさにも耐えながら、小学3年生で退院した。
その後は中学・高校に通いながら定期的な検査を受け、専門学校を経てホテルで働き始めた。しかし、20歳代に入ると再発との闘いが続くことになる。最初の再発は22歳の時で、手術や放射線治療を受けたものの、その後も再々発や両肺への転移に見舞われ、両肺のがんを摘出する手術を余儀なくされた。「肺に転移したら命が危ない」と言われていたため、死が頭をよぎる瞬間もあったという。
コーヒーがもたらした希望と癒やし
そんな闘病生活の中で、伊賀崎さんは一杯のコーヒーに救われた。コーヒーの香りと味が、心身の疲れを和らげ、前向きな気持ちを取り戻すきっかけとなった。この経験から、自身の店を開く決意を固め、病気と闘う人々やその家族に、同じような安らぎと笑顔を提供したいと考えるようになった。
伊賀崎さんは「病気と闘う人やその家族が、ここで少しでも笑顔になれば」と語り、コーヒーを通じた温かい交流の場を創り出している。今日も、福岡県岡垣町の小さな店で、一杯一杯に思いを込めながら、地域に根ざした活動を続けている。



