福島原発事故の記憶が薄れる現実に直面するフォトジャーナリスト
フォトジャーナリストの豊田直巳氏は、福島第一原子力発電所事故の発生以来、被災地への継続的な取材を続けてきた。氏は「300年後の学校の教科書にも載るはずの原発事故。記録しなければ」という強い使命感を持って活動している。しかし近年、予想以上に早く記憶が風化していく現実に直面しているという。
次世代への伝承が急務に
特に深刻なのは、事故当時幼少だった子どもたちの状況だ。甲状腺がん検査を受ける子どもたちの中には、震災時の記憶が全くない子や、なぜ検査が必要なのか理解していない子が少なくない。これは無理からぬことではあるが、豊田氏はこの現実を重く受け止めている。
「私はこれまで大人向けに本や写真集、映画を作ってきました。しかし記憶が薄れる現実に接し、次代を担う子どもたちにこそ、私が伝えるべきことがあると思うようになりました」と豊田氏は語る。
変わりゆく被災地の風景
15年前に出された原子力緊急事態宣言は現在も継続中で、被災地では復興どころか被害が続いている状況だ。それにもかかわらず、「復興」の名の下に家屋や事業所などが次々と解体され、元の街並みが消えつつある。
一時帰宅した避難者からは「もう、自分の家の跡を探すのに苦労する」という困惑の声が上がっている。跡地には新しく大きな公共施設がいくつも建設され、事故の被災地とは思えない風景が広がり始めている。
都市部住民への継続的な発信の必要性
豊田氏はあらためて強く感じているという。原発被災地で何が進み、なぜこんな状況になっているのか。子どもたちはもちろん、東京電力福島第一原発の電力に頼って暮らしてきた東京をはじめとする都市部の人々にも伝え続けなければならない、と。
かつて原子力への期待を込めた大看板があった福島県双葉町の通りでは、後に桜並木も伐採された。こうした変化の記録も、豊田氏のカメラを通じて残されている。
フォトジャーナリストとしての使命を再確認した豊田氏は、記録と伝承の重要性を訴え続けている。事故から15年が経過しようとする今、記憶の継承はますます緊急の課題となっている。



