ハンセン病隔離政策の悲劇を後世に伝える特別展が開催中
国立ハンセン病資料館(東京都東村山市)では現在、国の隔離政策によって深刻な差別と苦難を強いられたハンセン病の元患者家族の証言を中心とした特別展が開催されています。この展示は、元患者家族らが熊本地裁に集団提訴を行ってから今年でちょうど10年となる節目を記念して企画されました。
匿名原告の女性が語る家族分断の実態
特別展では、訴訟に匿名原告として参加した70代の女性が講演を行い、国の誤った政策によって家族がばらばらにされた実情を生々しく語りました。女性は「国の誤った政策により家族がばらばらにされた」と強く訴え、隔離政策がもたらした人権侵害の深刻さを浮き彫りにしました。
女性がわずか2歳の時、母親がハンセン病を発症し、熊本県の療養所に収容されました。当時、国は官民一体となって強制隔離を推進する「無らい県運動」を展開しており、患者を見つけたら密告することが奨励されていた時代でした。その結果、患者の家族や親戚は社会から忌み嫌われ、厳しい差別に直面することとなったのです。
療養所での過酷な生活と家族からの拒絶
母親は療養所に入所後、本名を捨てて園名を名乗ることを余儀なくされ、高齢者の世話を強いられるなど過酷な生活を送っていました。さらに衝撃的なのは、ある時、母親のきょうだいたちが療養所を訪れ、母親に対して「死んでくれ」と迫ったという事実です。これは隔離政策が家族関係までも破壊したことを如実に示す証言です。
その後、女性の1歳上の兄もハンセン病を発症し、同じく療養所に入所することになりました。しかし、この時期には国内で特効薬の使用が始まっており、長期にわたる収容は医学的に不要なはずでした。それにもかかわらず、隔離政策は続けられ、家族は引き裂かれたままだったのです。
「時間を返せ」という切実な訴え
女性は講演の中で「家族だんらんの時間をなぜ奪ったのか。時間を返せと国や世間に言いたい」と力を込めて語りました。この言葉には、隔離政策によって失われた数十年にわたる家族の絆と日常への深い悲しみと怒りが込められています。
特別展では、このような元患者家族の証言をはじめ、当時の政策文書や写真、資料などが展示されており、国の隔離政策がどのように人々の人生を翻弄したかを多角的に伝えています。展示は単に歴史的事実を伝えるだけでなく、差別と偏見の恐ろしさ、そして人権尊重の重要性を現代に問いかける内容となっています。
国立ハンセン病資料館の関係者は「この特別展を通じて、ハンセン病隔離政策の実態をより多くの方に知っていただき、二度とこのような悲劇が繰り返されない社会を築くきっかけになれば」と語っています。展示は今後も継続される予定で、教育現場からの見学も積極的に受け入れているとのことです。



