授乳室は本来、乳幼児に母乳を与えるための場所だが、搾乳目的での利用も可能であることを、ステッカーや掲示物で明示する施設が増えている。赤ちゃんを連れていない母親が授乳室に入ることをためらい、自家用車やトイレで搾乳せざるを得ないケースがあるためだ。こうした経験を持つ母親からは、心理的ハードルが下がることで外出時の安心感につながると期待する声が上がっている。
佐賀県が「さく乳できます」マークを作成
佐賀県は、低体重で生まれた赤ちゃんの親でつくるグループ「Nっ子ネットワーク佐賀 ピアンピアーノ」の要請を受け、「さく乳できます」の文字と搾乳器のイラストを描いたマークを作成。2025年秋以降、図書館や博物館など県内54施設の授乳室に掲示を始めた。
グループ副代表の小松彩さん(44)は、三女の紡さん(7)を588グラムで出産。紡さんは生後すぐに九州大病院の新生児集中治療室(NICU)に入院し、約4か月間、小松さんは3時間おきに搾乳を続けた。母乳を保存容器に入れ、佐賀県唐津市の自宅から片道1時間半以上かけて病院に運んだ。しかし、授乳室での搾乳はためらわれた。「母親1人では不審に思われるのではと考え、外出時は車の中で搾乳することもあった」と振り返る。
外出先での搾乳場所、車やトイレも一定数
医療技術の進歩や晩産化に伴い、低体重で生まれる赤ちゃんの割合は増加している。一方、外出先での搾乳場所の確保は母親の悩みとなっている。国土交通省が2025年1~2月に子育て中の約1万人に行った調査では、搾乳場所として公共施設や商業施設の授乳室が13.5%で最多だったが、自家用車(9.9%)やトイレ(9.5%)も一定数を占めた。「授乳室で搾乳をしてよいか分からない」「子どもと一緒ではないので入りづらい」といった意見も寄せられた。
この結果を受け、同省は2025年、公共交通機関事業者への指針を改定。授乳室で搾乳できるよう、「出入り口付近には、授乳・搾乳、おむつ替えのためのスペースであることを表示することが望ましい」とした。
各地でマークやステッカーによる啓発進む
妊産婦を支援するNPO法人「ひまわりの会」(東京)は、搾乳する女性のイラストをあしらったステッカーを作成。空港や高速道路のサービスエリアなどに約5300枚を配布し、掲示を進めている。福岡県も2025年、水玉模様と「搾乳もできます」というデザインを作成。県庁内の授乳室に掲示し、市町村や商業施設にも協力を呼びかけている。宮崎県は2026年度、公共施設約30か所に搾乳にも利用できる個室授乳室を設置する計画で、企業の設置費用も補助する。
職場でも搾乳環境の整備が課題
出産後早期に復職する女性にとって、職場での搾乳環境も重要だ。定期的に搾乳しなければ、体調を崩したり母乳が出なくなったりする恐れがある。労働基準法では、1歳未満の子を育てる女性に1日2回各30分の育児時間を認めており、搾乳に充てることも可能。厚生労働省は職場への搾乳室設置を呼びかけている。映画製作会社のTOHOスタジオ(東京)は、搾乳可能な個室授乳室「ママロ」をスタジオ内に設置した。
北九州市教育委員会は2025年度から市立62校に、妊娠中の休憩や産後の搾乳などに利用できる「リフレッシュルーム」の設置を進めている。教職員からは好意的な意見がある一方、スペース不足で設置を見送るケースもある。
日本母乳哺育学会理事長の水野克己医師は「搾乳を我慢すると乳管閉塞や乳腺炎のリスクがある。自宅以外で搾乳できる環境が望ましい。安心して育児ができるよう、正しい知識の啓発と環境整備が重要だ」と指摘している。
搾乳の実態
搾乳は、母親が手や器具で母乳を搾る行為で、NICUに入院中の赤ちゃんへの母乳提供、職場復帰後の母乳育児継続、乳腺炎予防などのために行われる。乳幼児用品メーカーのピジョンが2021年に実施した調査では、育児中の女性400人の半数が搾乳経験があると回答している。



