母親の願いを胸に、妹の世話を続ける79歳女性の苦悩
千葉県に住む読者の女性(79)は、自閉症で重度の知的障害がある妹(76)と、大腸がんの手術を3度受けた夫(83)との3人暮らしを送っている。長年にわたり妹の世話と家事を続けてきたが、自身の体力や気力の衰えから限界を感じ始めている。昨年12月、女性の自宅を訪ね、その日常に迫った。
絵本の読み聞かせで穏やかな時間
冷え込みが強まった夕方、女性はこたつの上に絵本「からすのパンやさん」を広げ、妹に読み聞かせを始めた。隣に座る妹は、その声に耳を傾け、うれしそうに頬を緩める。「妹はなぜかこの絵本が好きで、繰り返し読んであげているんです。ぼろぼろになって何度も買い直して、これで4冊目」。女性は妹に目をやりながら、ほほ笑んだ。
妹は生まれつき障害があり、会話はできない。食事や排せつ、外出時の付き添いなど、生活全般で支援が必要で、要介護度は4。現在は週に1回、障害者福祉施設に通い、月に1回、高齢者施設の1泊2日のショートステイを利用しているが、それ以外の時間は家で過ごす。夫は昨年11月の手術以来、外出を控え、自宅にいる時間が増えた。女性は家事と妹の世話に、多くの時間を費やしている。
母親からの託された使命
女性が妹と一緒に暮らすようになったのは、30年ほど前からだ。それまで妹と暮らしていた母親が病気で亡くなり、妹の受け入れ先を探したが、見つからなかった。母親には生前、「ヘレン・ケラーに『言葉』を教えたサリバン先生のようになってほしい」と頼まれていた。「私が何とかしなければ」。会社勤めをしていた夫と、高校生や大学生だった2人の娘に理解を求めて、自宅に受け入れた。
しかし、妹との同居は容易ではなかった。母が近くにいなくなったからか、奇声を上げて家中を走り回った。自分のあごをたたいたり髪の毛を抜いたりする自傷行為もあった。「どうしたらいいの!」ある時、我慢の糸が切れた女性は泣き叫んだ。すると、妹が心配そうに顔をのぞき込んできた。「私の気持ちが分かるんだ」「気持ちを言葉にできなくてつらいよね」。妹に語りかけ、強く抱きしめた。
以後、女性は妹の気持ちを理解するために行動記録をつけ始めた。そのうち暑さや寒さを感じる時にイライラしがちなことが分かり、室温や妹の服選びに注意を払うことにした。意思疎通がしやすいように、質問は二者択一を心がけた。同居から10年が過ぎる頃、妹は周囲からも「変わったね」と言われるほど穏やかになった。妹の世話そのものが楽になったわけではなかったが、暮らしは平穏を取り戻し、休日に家族でドライブに出かけたり、公園を散歩したりできるようにもなった。
老々介護の現実と限界
だが、女性は数年前に後期高齢者になり、自身の体力や気力の衰えを感じるようになった。妹も足腰が弱り、移動するたびに体にしがみつき体重をかけてくるのがつらい。膝や腰の痛みが取れず、妹を施設に送迎するための車の運転も不安になってきた。「夫は病気がちだし、娘たちに頼るわけにもいかない」。
女性は1月、妹が利用中の高齢者施設に「できれば入所させたい」と相談した。現状の大変さは理解してもらえたものの、「人手不足の中、今以上の対応はできない。足腰の状態が悪化して歩けなくなったら受け入れる」と断られたという。「残念。妹の健康状態の悪化が条件にされるのは気分の良いものではない。それでも、いずれ受け入れてもらえ、最期までいられるということになるのなら、本当にありがたい」。複雑な思いを抱えながら、妹や夫より先に倒れることがないように、通院して膝と腰の治療を続ける。「妹に尽くした人生に後悔はないが、心身ともにきつい。そろそろ安心がほしい」。
静かな日常が続く日々
日が沈んだ。夫は居間で妹の様子を気にかけながら、新聞を読んだり、テレビを見たりしている。女性は夕食の支度を終えると、「ご飯だよ」と声をかけて配膳した。3人の静かな夕食が始まる。いつもと変わらぬ1日が過ぎてゆく。



