第79回中日文化賞、伊佐正さんら4氏が受賞 脳科学や短歌など功績
第79回中日文化賞、伊佐正さんら4氏が受賞

第79回中日文化賞に4氏が輝く

中日文化賞は、学術、人文、芸術、芸能などの分野で文化の向上に寄与した中部地方ゆかりの個人や団体に贈られる賞です。日本国憲法の施行を記念して1947年に制定され、今年で79回目を迎えました。今回は66件の応募があり、外部専門家の意見を参考に受賞者4人が決まりました。受賞者には正賞の腕時計と副賞100万円、賞状が贈られます。受賞者の総数は388人と11団体となりました。

脳の可塑性解明:伊佐正氏

伊佐正氏(65歳)は、自然科学研究機構生理学研究所所長です。ヒトに近い脳を持つサルを対象に神経生理学の研究に没頭し、特定の神経回路が脊髄損傷や脳梗塞患者のリハビリに応用できる可能性を示しました。霊長類の手足の運動機能を回復するメカニズムの解明は、多くのリハビリ患者に希望をもたらしました。また、高次な脳機能の研究も展開し、国際的な評価を得ています。

医師を志していた東京大学医学部時代、生理学実験に触れ研究のとりこになりました。35歳から約20年在籍した生理学研究所(愛知県岡崎市)では、遺伝子を運ぶ「ウイルスベクター」2種類を組み合わせ、狙ったサルの神経回路に遺伝子を送り込む世界初の技術を開発。進化の過程で使われなくなった回路と考えられていた「間接経路」の神経が、手指の巧みな動きを指令していることを発見しました。

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2015年に京都大学に移ると、脳の特定領域に光を当てて神経細胞の働きを操作する「光遺伝学」の手法を用い、サルのリスクを好む傾向を制御することに成功。ギャンブル依存症治療への応用が期待されています。近年は認知症の予防を目指す研究も進めています。2025年春、生理学研究所に所長として戻り、若手研究者の育成に力を入れています。信条は「A rolling stone gathers no moss」(転がる石にコケは生えぬ)で、「過去の成功にとらわれず、失敗してもくよくよしない。新しいものを取り入れながら研究を展開させたい」と語っています。

伊佐氏は1960年京都市生まれ。東京大学医学部卒業、医学博士。1996年から生理学研究所教授、2015年から京都大学教授、2024年から現職。2013年度の文部科学大臣表彰を受賞しています。

青色発色の謎を解明:吉田久美氏

吉田久美氏(68歳)は、愛知淑徳大学食健康科学部教授です。花の色がなぜ多彩なのか、特に長年の謎だった青色発色のメカニズムを化学的に解明しました。「分からないことを分かりたい。『なんで』と思うことこそが科学の根本」と語り、「先輩方に続くことができ、びっくりです」と受賞を喜びました。

中学・高校の授業の実験に魅了され、名古屋大学農学部へ進学。天然物化学者で第26回中日文化賞を受賞した故・後藤俊夫教授の研究室に入りました。当時は少なかった女性研究者として、扉をこじ開けてきました。「女性はドクターに行ったら職がない」と言われる時代でしたが、「それなら行ってやろうじゃないか」と前進。製薬会社勤務を経て、椙山女学園大学で助手に。昼休みや学生指導の後に名古屋大学に通って実験し、博士号を取得しました。

多くの植物が持つ色素アントシアニンは、赤や紫色になりやすく、抽出すると褐色になります。「青色になるには何かしらのトリックが必要」と考え、ツユクサ、アサガオ、アジサイそれぞれの青色色素の化学構造を特定し、色素や金属などのバランスによって青色が発色することを解き明かしました。

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現在は、30年近く続けてきた豆の研究に愛知淑徳大学で打ち込んでいます。アズキの皮には紫の色素がありますが、水に溶けにくい。にもかかわらず、調理で皮を除いたこしあんが紫色になる仕組みを解明しました。「まだまだ研究したいことは残っている。今でも手を動かして実験することが好き」と語っています。

吉田氏は1958年名古屋市生まれ。1982年名古屋大学大学院博士前期課程修了。製薬会社を経て1992年に博士号取得。2010年から2023年まで同大学教授、2024年から現職。2025年に日本学士院賞を受賞しました。

ロシア文学の探究:亀山郁夫氏

亀山郁夫氏(77歳)は、名古屋外国語大学長です。ドストエフスキーの『カラマーゾフの兄弟』の新訳を筆頭に、海外古典文学の再読ブームをけん引。その後、17年かけてドストエフスキーの五大長編を完訳し、読みやすい言葉で現代に通じるロシア古典文学の魅力に光を当てました。

「愚かさ、寛大さ、残酷さ、温かさ。人間のとてつもなく大きな魂が広大な大地を舞台に描かれている」と魅力を語るロシア文学との出会いは中学時代。法律の本かと思い手に取った『罪と罰』に熱中しました。大学でドストエフスキーにのめり込みすぎ、距離を置こうと前衛詩人の研究へ。続いてスターリン政権下で作家や作曲家らがいかに表現活動をしていたかを検証。50歳でドストエフスキーに回帰しました。

ウクライナ侵攻には「ロシア文学者をやめようか」と思ったほどショックを受け、ロシア文化の普及に貢献したとして同国から贈られたプーシキン・メダルも棚にしまいました。それでも「文学、文化には生命の喜びを再認識させてくれる力がある」と信じてその魅力を伝えています。2023年に国際ドストエフスキー協会の世界大会を名古屋で開催。世界中で国が対立する今「外国語を学ぶことは、その国の民族の心を知ること」と実感しています。

ロシア文化を忌避する動きに葛藤を感じていましたが、今回の受賞で「自分が許されたような気がする」とかみしめています。「また『カラマーゾフの兄弟』を訳せたら」というのが今の願いです。

亀山氏は1949年栃木県生まれ。東京外国語大学ロシア語学科卒業。2013年から現職。『磔のロシア』で大佛次郎賞、新訳『カラマーゾフの兄弟』で毎日出版文化賞特別賞を受賞しています。

現代を詠む短歌:栗木京子氏

栗木京子氏(71歳)は、現代を代表する歌人の一人です。みずみずしい青春を詠んだ「観覧車回れよ回れ想ひ出は君には一日我には一生」は中学の国語教科書に掲載され、愛好家以外にも親しまれています。戦争や災害、事件などを題材に世の中と切り結ぶ作品でも高く評価されています。

本格的に歌作を始めたのは京都大学在学中。学内の古書販売会で「値段が安くて表紙がきれいだから」と、ある短歌会の発行する雑誌を購入しました。「お金がない」「好きな人にふられた」といった等身大の飾らない歌を目にし、「勉強についていけず思い悩む自分も、情けなさを吐き出したら救われるかな」と創作に取り組むようになりました。

1カ月ほど後に出版社の賞に50首の連作を送り、次席に。連作に含まれたのが「観覧車」の歌です。「わずか1カ月で作った中にあった歌が、私の作品の中で最も取り上げてもらえるのは不思議な感じがしますね」と語っています。

2006年刊行の第6歌集で短歌界最高とされる迢空賞を受けるなど、受賞多数。2020~2025年には一般社団法人「現代歌人協会」で女性初の理事長を務めました。在任期間はコロナ禍と重なり、イベント開催にオンラインを活用するなど工夫を凝らし、コロナ禍をテーマに協会所属の歌人から作品を募って歌集も出しました。

「世の中に目を向け、思いを発信したい」と意欲は尽きません。独自の詩型などに難しさを感じる人もいるとして「もっと短歌を理解してもらえる活動ができたら」と話しています。

栗木氏は1954年名古屋市生まれ。岐阜市の岐阜高校を経て京都大学理学部卒業。2003年刊行の第5歌集で若山牧水賞、2014年に紫綬褒章を受章。新年恒例の宮中行事「歌会始の儀」で今年、選者を務めました。