愛知「ブラジル人出てこい!」右翼と暴走族が周回、多国籍団地の対立の果て
愛知「ブラジル人出てこい!」右翼と暴走族が周回

愛知県豊田市にある愛知環状鉄道保見駅から約1キロの道のりを進むと、丘陵地に階段状に連なる集合住宅群が目に入る。ここは「愛知のブラジル」とも呼ばれる多国籍団地「保見団地」である。道沿いのコンビニエンスストアの駐車場や病院の看板にはポルトガル語が併記され、この地域に多くの外国人が暮らしていることを如実に示している。

「平成11年事件」の勃発

1999年6月8日、中日新聞の朝刊社会面に「外国人と右翼ら対立」「団地緊張 愛知県警が出動」という見出しが掲載された。これは保見団地で発生した「平成11年事件」を報じるもので、一部の外国人住民と右翼団体、暴走族関係者との衝突を伝えている。

事件の発端

発端は、ブラジル人住民の一部と、団地内でラーメンを販売していた屋台の関係者との間で生じたトラブルとみられている。1990年の改正入管難民法施行以降、ブラジル人住民が急増した同団地では、騒音やゴミ出しのルールを巡って日本人住民との対立が表面化していた。

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団地の一角には、ブラジルの食材を販売するトラックや仮設テントが立ち並び、ブラジル人住民が飲酒やバーベキューを楽しむ光景が見られた。肉を焼く煙が周囲に立ちこめ、大音量のラテン音楽が静けさを破っていた。

住民の証言

県営保見自治区の元区長、木村友彦さん(72)は当時を振り返り、「ギャンブルや、店を出して飲んでいる酔っ払いがいた。ちょっと怖いエリアで、歩けなかった」と語る。この一帯は日本人住民が立ち寄りにくい場所となり、両者の緊張は頂点に達していた。

ブラジル人住民と屋台関係者のもめ事から数日後、右翼の街宣車と暴走族のバイク約50台が「ブラジル人出てこい!」と叫びながら団地内の道路を周回した。その後も対立は激化し、愛知県警の機動隊が緊急出動する事態に発展した。

1992年ごろから団地に住む日浦義夫さん(80)は、「軍歌のようなものを流し、拡声器をつけて外周道路を走り回っていた。右翼団体の車が燃やされたという話もあった」と回想する。

多国籍コミュニティの課題

この事件は、多国籍化が進む地域社会における共生の難しさを浮き彫りにした。保見団地では現在も、日本人と外国人が共に暮らすための取り組みが続けられているが、当時の緊張は深い傷跡を残した。

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